旅について @バイブル


”旅” と ”旅行”という二つの言葉から思い浮かぶイメージは違う。
”旅行”はどちらかというと家族旅行とか観光旅行とが思い浮かぶけれど、”旅”と一文字で表されるそれからは、一人で旅行しているニュアンスを感じるし、それは観光を超えたなにかと出会うとか、哲学的な匂いも漂っていて”旅”という言葉のほうにずっと惹かれる。

旅の本は子供のころから好きなジャンルのひとつで、それは今でも続いている。だから、書店に行くとたいてい旅の本コーナーによる。今は旅の本を書くライターがとても多くて、その内容もテーマも多彩で地域も地球全域をカバーしている。ライターの年代も20代から70代くらいまで広がっていて、立ち読みでちょっと読んでみようと手に取る本にも迷うくらいだ。だから棚に並んでいる本を引っ張り出してはパラパラめくっていると、一時間くらいあっというまにたってしまう。

そのなかには、もちろん興味をひかれる本もあるけれど
”何かが足りない”
その何かがハッキリしない。
ハッキリしているのは
”オレも旅に出てみよう”
とか
”いつかこんな旅をしてみたい”
と思わせる旅の本がほとんどないことだ。

それは旅をとりまく環境がものすごく変化しているからで、ライターの責任ではないのかもしれない。旅の情報は氾濫していて、パックツアーは数えきれないくらいあって、テレビでは毎日世界のどこかを紹介している。
旅はいまでは単なる娯楽の一種にすぎないようにも見える。

かつて、旅の本としてで一種のバイブルになっていた多くの読者をひきつけた本があった。

小田実 『何でも見てやろう』

開口健 『オーパ!』 『もっと広く』 『もっと遠く』

沢木耕太郎 『深夜特急』

これに 藤原新也の 『印度放浪』と『全東洋街道』を加えてもいいかもしれない。

それぞれ60年代、70年代 80年代に世に出た本で僕についていえば『深夜特急』と『オーパ』は同時代的に読んでいる。『オーパ』は単行本になる前、月刊プレーボーイに連載中から、夢中でプレイメイトの写真と同じくらい!引きこまれたし『深夜特急』は初版で単行本で買った。『何でも見てやろう』には、日本の60年代という時代を想像するとそのパワーに圧倒されたし、『オーパ』は興味の広さと深さそして圧倒的な文章力、『深夜特急』は抑制されたスタイリッシュな文体で ”自分が自分が”と全面に出さないのに、いつの間にか彼と一緒に旅をしているような気持ちになる不思議な世界だった。

『全東洋街道』は、哲学に全体がおおわれていた。著者の撮影した暗い写真とともに
旅の本としては異色だった。これらの”バイブル本”は出版後長い年月を経た今でも文庫で読むことができるロングセラーだ。彼らの王位を継承するライターはまだいない。

蔵前仁一、下川祐二、前川健一、などのそれより世代が下る旅ライターの本も、それぞれに面白いが読むのは文庫本になってからで十分だと思うし、たかのてるこの『ガンジス河でバタフライ』となると立ち読みで終わってしまう。

l小林紀晴の『Asian Japanese』にはその後数々の模倣者がでるくらいのインパクトがあって期待していたが、小林自身はより写真家の方向に行ってしまった。彼らはライターとして世に出る前に”バイブル”を全部読んでいたと思う。旅行作家として彼らが世に出た時、歴史小説を目指す作家がその好き嫌いにかかわらず司馬遼太郎を意識せざるえないように、小田や開口や沢木を意識せざるを得なかったと思う。

現代の旅行作家はインターネットから氾濫する情報とも戦い続けなければならない。
旅の本のテーマをギリギリまで細分化して絞り込むか、HOW TOを折込むか、明るくて軽いノリでいくか、”自分が自分が”といいまくるか、極貧地帯か暗黒世界の断面を描くか、写真で勝負するかー
このラインが主流の今の旅の本の中からは、バイブルとなる本は出てこないだろう。第一バイブルなど誰も求めていないのかもしれない。

”なにかに突き動かされていく旅” はすでに過去のものとなりつつあり 、旅に旅以上のものを求めていた時代ははるかかなたに去った。すでに知られている世界遺産などを”この目で確認する”だけの旅がますます増えていくのだろう。

去年の暮に仕事を思い切って整理することを決めた。
それがうまくいって自由な時間をある程度まとめてとれるようになったら、その自由時間のいくらかを ”旅” に費やしたいと思っている。
それは60年代ー80年代にあった ”旅の黄金期” バイブルたちが書かれた時代の旅だ。一人でする旅であり、氾濫する情報から解放されたunpluggedな旅。

いつ帰るのかすら決めていないーーー
それは懐古趣味、ノスタルジック、といわれるかもしれないが
優柔不断な僕にもなぜか ”旅” については ”そうあるべき” と断言するだけの妙な確信がある。


(添付写真) Majestic Hotel Ipo、Malaysia
 by Canon G9、 Feb 2008

by フェリックス 2008年4月

 

 

 

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