ブラジル人の視線 2


オレは前方の二人連れの男女の位置を確認しつつ、予定された軌道の上を静かにスーパーの入り口にむかって歩いていった。

ヤツらの歩行軌道とオレのそれはクロスしていたが、おれが歩行速度をスローダウンさせることによって衝突は回避される。20M、10M、ヤツらがズンズン近づいてくる。オレのスピードは正確で、ヤツラのスピードも安定していた。軌道の読みにも間違いはない。クロスしている軌道上をオレはNASAコントロールのようにスムースに進み、オレがクロスポイントに到達する一瞬前にヤツらはそこを通過しているはずだ。

スーパーの入り口から奥が見えてきた。オレはヤツから視線をはずし、スーパーの中を窺っていた。視線を左右に動かしながら、混み具合みとか店頭山積みバーゲン品をチェックしていた。

そのとき突然、ホントに突然、ヤツらが停止した。

あせったオレは急停止もできず、グエッという奇声を発しつつ醜く斜めにつんのめっていた。よろめきながら何とか衝突を回避し体勢を立て直そうともがいているオレの耳に

「Opa! Tudo Bem? (あらぁ 元気ぃ?)」

というカン高い声が聞こえていた。スッころぶという最悪の事態はなんとか回避され、ギリギリのところで衝突はさけることができた。しかし醜くよろめいた上、奇声を発してしまったオレは怒りと屈辱で真っ赤になり、
心臓がドクドクいっていた。この時のことを、オレは今でもジョンウーの映画のようにスローモーションでハッキリ思い出すことができる。

どうにか体勢を立て直したオレは、ヤツらの顔をにらみつけた。彼等は能面のような視線を一瞬オレに向けたあと、何事もなかったように満面の笑みをたたえて馬ヅラのオトコと抱き合っている。オレは瞬時に事態を理解した。ヤツらはオレの歩行軌道とクロスする地点で突然トモダチかなにかを発見し急停止したのだ。

グッタリしたオレは、スーパーの徘徊もそこそこにアパートに戻った。ベッドに横たわりながらボーッとしていたオレは、何の脈絡もなく突然理解した。なぜオレがスーパーやショッピングセンターから戻ったあと妙にイラダチ心がササクレだっているのか。

それは

”衝突を避けるため軌道を変えているのは、いつもオレでヤツらブラジル人ではない”

という事実だ。

まちがいない、絶対これだ。脈絡はないがー確信があった。それをオレは正確な統計で示すことができない。オレの潜在的なメモリーを必死になって呼び起こした。

「85%いや90%はオレが進路を変え、オレがスピードを落としてている。決してヤツラではない」

印象による事実の断定だ。

「オレがいつも譲っている」のだ!

日本でオレが軌道を修正し道を譲る確率は、50−50くらいに違いない。いやオレは自己主張はやや強い。それでも40−60だ。そうに決まっている。しかし、それがブラジルではイキナリ90−10だ。譲り合い精神のやさしい日本に慣れ切っていたオレは、ブラジルで衝突を避けるために自分をコロして道をユズリまくっている。その事実を心理的に吸収できずイラダッテいたのだ。間違いない。

原因がわかると急に気が楽になった。あとは日本人お家芸のQC活動だ。

「問題発見−原因の究明−発防止の対策」ってやつだ。

つまり、

「イラダチ−衝突回避行動比率の不均衡−そして対策」

という図式である。散々東京時代に勤務先で詰め込まれていてお手の物だ。

オレはヤツラの視線に注目し仮説を立てた。俺の考えではヤツラの視線は、人ごみでも基本は望遠レンズ300mm位で被写界深度が浅い。つまり焦点が合っているレンジがせまく、周りが全然みえていない。それが証拠に、ヤツらを観察してみると視線がブレていない。キョロキョロしていないのだ。

逆に日本人の視線は基本が広角レンズで被写界深度が深い。焦点は中央から周囲にかけて万遍なくあっていて、パンフォーカス状態なのだ。これを外から見ると、視線が左右に落ち着きなく動きキョロキョロしているようにみえる。つまり焦点があっている範囲が広く、動いているものをすばやく発見するので回避行動をとるのが早いのだ。ブラジル人は全く逆である。

さて結論は出た。ブラジル人と同じように視線を望遠レンズにすればいい。つまり、スーパーの入り口付近ではオレの視線の焦点を遠くに置き、近づいてくるものに焦点を決して合わさない。これだけだ。

これは大成功だった。

オレはスーパーに行き、入り口で近づいてくるブラジル人に一切視線を合わせず肩越しに遠くを見るようにした。すると不思議なことに相手はギリギリまでオレに近づくが、かなりの割合で向こうが身体をかわしてくるのだった。彼等もぶつかりたくないから、オレに近づくとオレの遠い視線を感じて、向こうからよけて来るのだ。

こうして衝突回避行動の不均衡は、あっという間に是正された。オレのイラダチは解消した。異文化にムリヤリあわせるのは疲れると聞いていたが、このケースは全く問題なかった。なんの苦労もない。多少の覚悟と実地訓練けでOKだ。あとは慣れだ。

オレはこのときから視線について観察するようになった。日本の政治家がサミットなどで他の首脳に比べてどこか決然とみえないのも、ブラジル人のオンナがオレのアパートでのパーティーのとき、妙にカッコヨク、颯爽と見えるのもその視線がポイントと思えたのだ。

ブラジルのオンナは焦点をまずアイサツすべきオレだけにあて、周りに知り合いがいても一切視線を泳がせない。オレとハグしたあとはじめて、おもむろに、次のアイサツのターゲットに焦点をあわせる。その視線にユルギは感じられない。これが決然とした印象を与え、ツンとした雰囲気の味付けになりカッコよくみえる。

なるほどこういうことだったのかー
オレのブラジル人化はこのようにしてはじまった。

=ブラジルではキョロキョロするな。焦点は遠くに、そして被写界深度は浅くとれ=

by フェリックス 2006年6月

 

 

 

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