ブラジルでの交通事故


今朝事務所に向かう途中交通事故にあっった。横からいきなり突っ込まれた。98年DODGE DAKOTA 相手はポンコツのFIAT TIPO。側面の赤いパネル三枚がガキッとへこんでた。R$3,000は修理にかかるだろう。法定最低給料のざっと八倍だ。まったくツイていない。

こちらは広い道で優先道路、アチラは側道、左右を良く見ないでいきなり突っ込んできたのだ。
20代の青年。

オレは即警察を呼んだ。やがて警察がきて現場検証。

「これはあの若造が悪い」

警察はごく妥当な判断をした。ブラジルの警察はヤクザに近いのが多いが、利害が絡まないと意外にマトモなことを言う。

警察が引き上げたあと相手と話し合いになった。それまでお互いに全く言葉を交わしていない。日本以外の多くの国と同様の、あの同じパターンの主張がはじまる。

「お前が悪い、前方不注意だ、おれは全く悪くない、お前が走っていた道は優先道路だが、でもお前が悪い」

彼も自分が悪いのはわかっている。しかし絶対にそれを認めない。日本の感覚だと驚異の厚顔無恥発言で激怒だろう。だが、ブラジル暮らしでスレまくっているオレは全く腹がたたない。

「気にしなくていい、俺の弁護士がお前に電話をする。すべては裁判が決める」

そこに、電話で息子に泣きつかれた母親が登場した。散々自分の息子に非がないことを主張した後、おもむろに提案がなされた。

「いい提案がある、息子の車は息子が、あなたの車はあなたの費用で直す これでどうか」

息子の不利を悟り、とにかく逃げようとしているらしい。彼らも裁判の不利はわかっている。ただ裁判で負けても貧しい彼らは決して金は払わない。金があっても払う気など全くない。ただ判決どおり金を払わないと息子の履歴にバツがつき、それが個人情報として国が管理するデータベースに記録され、就職やお金を銀行から借りるとき、車を買うときなときなどチェックされ不利になってくる。それがイヤなのだ。

そこでオレも提案した。

「息子さんの車は息子さんが修理する、オレの車も息子さんが修理する。これでどうか、イヤなら裁判、これが提案」

「裁判は長くなるだけ。意味がない、話し合いましょう、そしてお互いに自分の車は自分でなおそう」

と一切謝らず、自己主張してくる。
最後は

「私たち家族はビンボーだ あなたは金持ちだ。だからお互いに自分の車をなおす」

ブラジル人得意の理論だ。

「申し訳ないが俺は金持ちではない。金持ちか貧乏かは事故に関係ない」

「裁判は最低よ。ブラジル人は皆裁判が大嫌い。ブラジルでは話し合いよ。それが一番いい」

「オレの知っているブラジルは反対だ。ブラジルは即裁判だ。皆裁判は大好きだ。オレももう5回も行かされている。」

「どちらにも損なのに、裁判なんて」

「あとで弁護士から電話が行くから話してくれ、オレはもう直接アンタ達と話しをするつもりはない」

事故から一時間半で開放された。

相手はオレの車の破損状況など全く見ていない。見たら非を認めているような雰囲気が漂うし、第一興味もないのだ。実はオレも相手の車の破損状況など全く見ていなかった。オレの車の破損だけを気にしていた。
相手の車などオレにとってどうでも良かったのだ。

つまりオレは完全にブラジル人と化していた。

日本にいた頃のオレだったらどうか。多分、自分の車をチラリとみて相手の車に駆け寄り怪我はないか、相手の車のダメージはどうかなどとこまかく動いていただろう。自分が少しは悪いと感じたら、謝りの言葉くらい吐いたかもしれない。

今のオレは、最初から相手の筋書きが見え、外国人である自分の有利不利を熟知し、そのカバーの仕方を知っている。それを実行するのに迷いもない。貧しい人がどうのという感傷もなくなっている。事務所から弁護士に電話を入れた。

「心配するな、これは裁判になる そしてお前が勝つ」

「OK」

「あとは神様次第だ、でもお前に失うものはなにもない」

「OK」

まず相手の立場や気持ちを大切にする日本人から見たら、オレはサイテーのやつかもしれない。でも、もしかしたら日本が世界の例外なのかもしれないのだ。まず「相手を思いやる文化」をオレは日本以外で見たことがない。

オレは嫌なヤツに”進化”している自分に一瞬嫌悪感を持ったが、それを無理やり押し殺した。

=ヤサしくなければ生きていけない、タフでなければ生きていく資格がない 南米では=

by フェリックス 2006年6月

 

 

 

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