ブラジルの銀行 2


このときは一人で行った。当然ネクタイとジャケットでキメていた。イタリア製 PRIMA CLASSEのアタッシュも持った。

やはりS銀行は、セントロの大衆銀行とは何から何まで違っていた。そこは高級住宅街のお屋敷を改造した一軒屋で、看板がなければ銀行とわからない。黒い髪のキレイなオネエさまが受付にいて、いきなりにこやかだ。第一、静かでほとんど客がいない。客の数は、セントロの大衆系銀行の100分の一くらいにみえた。

「御用はなんでしょうか」

と丁寧に聞かれた。

オレが厳粛な面持ちで口座を開きたい旨を伝えるとすぐ二階に案内された。クラシックに見えたお屋敷だが、中はモダンに改装されていてすこぶるセンスがいイイ。花の生けてあるコーナーに通され、そこにオレは座った。

「すぐ担当のモノが参りますのでここでお待ちください、コーヒーかなにかお持ちしましょうか?」

これは日本の銀行より余程アテンドがいいではないか。

「あっ コーヒー、そっ、それください」

となんかトンチンカンな返事をしてしまった。オレは緊張していたのだ。

やがて、美人のオレより頭ひとつ背の高い、流れるような金髪のオンナがニコヤカに俺の前に座った。彼女は「最近サンタカタリナの支店から移ってきました」と自己紹介した。

「口座をお開きになりたいとか」

「その通りだ」

「外国の方ですか?」

「そうだ、TOKYOだ」

「アノ、会社のプロファイルとか、アナタ様ご自身の収入の証明とかお持ちですか」

「いや、ブラジルに来たばかりでそんなものはない。会社も作ったばかりだ」

「会社の所在地は?」

「XXXXにある」とオレ。

これはマズイ事を聞かれたと思った。なにしろ当時は、貧民街のド真ん中にオレの事務所はあったのだ。かすかに担当のオンナは首をかしげた。

「お車はなにをお持ちですか?」

「まだ買っていない、だから持っていない」

「では会社までは?」

「自転車だ」

会話は明らかにマズイ方向に行っていた。これはある程度予想していたことで、ここでオレは一気に勝負に出た。

「聞きたいことがある、ブラジルでは、持っている車の種類で口座が開けたり開けなかったりするのか」

「イエそういうわけではないのですがー」

実はブラジルでは、車の有無とその車種が階層をあらわすシンボルのひとつだ、それをおれは知っていた、そしてそれを逆手に取った。

「ブラジルでは、オレがポルシェをもっていたら口座が開けて、フスカ(VWビートル)では開けないのかー」

「ーーーーー」

ここで一挙にタタミかける。

「わがTOKYOでは、ポルシェなどざらにあって何の保証にもならない、口座開設と何の関係もない」

「ーーーーー」

「オレは今まで、TOKYOでありとあらゆる銀行に口座を開いてきたが断られたことなどないし、そんなことを想定したこともない。」

「口座を開かないと申し上げている訳ではないのですがー」

ここでかねて用意していた”照会状”なるものをオレは出した。紹介状ではない。これは周到に準備していたのだ。オレが自分で作ったのだ。それも英語で。

「これがオレ個人についてのリファレンスだ、オレ個人の信用が不安ならここにコンタクトしてくれ」

そこには「MITSUI&CO」だとか「MITUBISHI&CO」とか、オレの持っている東京の「SUMITOMO BANK」の電話番号、支店名などが仰々しく書いてある。いずれも東京時代のただの取引先やオレの東京のフツーの銀行だ。オレはこのリファレンスを渡しても、たかが一口座の開設のためにゴイアニアの銀行からわざわざ東京に照会がいかないことを知っていた。でもウソは書いていない。MITSUIやMITUBISHIとは、東京時代サラリーマンとして取引をしたことがあるのは事実だ。住友銀行に口座も持っている。3万円くらいは残っている。

びっくりしてそのオレ作の”照会状”なるものを真剣に見ていた金髪のマネージャーは、やがてニコヤカに微笑み丁寧な口調で言った。

「わかりました。ここまでキチッとした照会状を持ってこられた方はあなたが初めてです。一応検討させて頂きますが、ご安心ください。私個人といたしましては、口座をお作りしたいと思っております」

帰り際に彼女に見送られながら、オレはこれもかねて用意のセリフをマネージャーに言った。これだけはどうしても言いたかったのだ。

「Panasonic SONY HONDAを知っているか?」

「ハァ もちろん知っていますよ。みな日本の会社ですね、ブラジル人はみな知っております。」

「オレの会社はまだものすごく小さい、でもPanasonicもSonyもHondaも創業の時はオレの会社より小さかった」

引き込まれるような微笑を浮かべながらマネージャーがオレにささやいた。

「もちろんです」

やがて、オレ宛てに小切手帳が届き口座開設は完了した。

大衆向け銀行の小切手とは、その信用力がまるで違うことは支払いの時にすぐ気がついた。

その後今まで、オレは銀行で列に並んだことはない。

カネはモチロンないので、今に至るまでスズメの涙ほどしか預けていないのだが、ブルジョア銀行でも一度口座があいてしまうとあとはあまり関係ないことも知った。

コーヒーを飲みながら、イタリアのデザインで統一されたキレイなマネージャーの個室で四方山話をしながら彼女がテキパキと作業をするのを見ているだけだ。

「オレにはこんな銀行はあわないっ!」といってビビっていた相棒もオレの強引な紹介でやがてこの銀行に口座をあけたのだった。

=ブラジルのブルジョア銀行は天国だ。天国に行くにはカネはいらない。
ハッタリがいる。=

by フェリックス 2006年6月

 

 

 

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