新しい女


最近新しい秘書が入った。オレが東京でぐうたらな生活をしているあいだに仲間のRがしばし空席になっていた秘書を雇い入れたらしい。SKYPEで東京から探りをいれた。”どうだ あたらしいオンナは?”と聞くと”まぁいいのではないか ”という。

秘書はオレのような零細企業経営者にとってはとても重要なのだが、オレの事務所では一般にイメージされる秘書とは違う仕事がまっている。オレのところでは”秘書”なるものは日々の事務や客の対応は当然、ちょっとしたソージからコーヒーやお茶をいれたり、オレがイラツイテいるときのグチを聞いたり、休日に来客があるときは食事の用意の手伝いをしたり、つまりなんでもすることになる。
しかも給料はかなり安い。
ブラジルも日本とおなじで 高い給料を提示すればするほど、学歴もレベルも高いオンナが応募してくる。なぜか見かけもイイオンナが来る。

安い給料ではその反対のことがモロにおきる。大した教育は受けていない貧しい家庭の、仕事のことも社会なるもののこともなにも知らないオンナがやってくる可能性が急激に増大する。
オレの事務所は給料が安い上に、さらに追い打ちをかけるように町の中心からクルマで40分ほどの小さな村にある。郊外といってもまわりは牧場でウシがモーモーなくド田舎の雰囲気が濃厚だ。
少々給料を高く提示してもイイオンナは絶対に来ないとの自信がオレにはある。
”マズイ女””イカン女”がガンガン応募してくる可能性がとてつもなく高いのだ。
いままでの十数年のブラジル人生のなかで当時あったマナウスの事務所も含めておそらく20人以上のオンナが秘書としてオレの回りを通過した。
そのなかで”このオンナは仕事ができた” ”頼りになった”と確信を持って言えるのは
三人に過ぎない。それも町の中心に事務所があり求人に苦労がない時代のハナシだ。

オレは仲間から”秘書を新たに雇いいれたそのオンナが ”地元の村のムスメだ”ときいたとき密かに、しかしハッキリと覚悟した。
”多分事務所の荷物が一つ増えただけだろう そのムスメにはやめてもらっていずれ高い給料を覚悟し強引にレベルの高いオンナを秘書に雇い入れるしかあるまい”

数か月を東京で過ごしたオレはブラジルにもどり久しぶりに事務所に顔を出した。
事務所の片隅の小さな机に見知らぬ浅黒い肌の色をしたオンナが座っていた。
そのオンナはダチに促されて緊張しながらオレに近づいてきてオズオズと小さな手を差しだした。
すっかり忘れていたがそのオンナが新しく雇い入れた秘書だということに気がついた。
“あたらしく入ったSです。よろしくお願いします
“よろしく”
緊張しているせいか地味にみえた。特に特徴もない。

― 何カ月つづけられるのか、自分で辞めるか、辞めさすかだろう ー


1か月たち、オレの予想と意地悪な期待は見事に裏切られた。

― このオンナはモノになる ー

近所の村の貧しい家庭に育ったオンナ。若くして結婚し前夫との間に小さなムスメ
が一人いる。多分大した教育は受けていないだろう。
しかし見ているとパソコンをあっというまに覚え、仕事の飲み込みも早い。
飛行機に乗ったこともないのにチケットの予約はすぐに覚える。
朝早く来てオレのデスクの片づけをし、すぐに仕事に取り掛かる。
客への電話対応も日を追うごとに堂々としてくる。
夕方幼いムスメを学校に迎えに行き、娘を連れたま事務所にもどり夜まで仕事をする。
休日の来客のときは食事の手伝いにでてきてイヤな顔一つしない。
ホテルの展示会では緊張しながらも客を会場に導きオーダーをとった。
仕事にブレがない。気も強い。
ダチに“もう4回も説明しています”などと笑いながらも強い口調で言う度胸もある。
ブラジルでは秘書は気が強くなければつとまらない。

聞けば もともと女中として事務所に入れたという。
1週間使ってみて、その熱心な仕事ぶりからモッタイナイと思ったダチがいきなり秘書に“垂直移動”させたのだ。
女中から秘書への移動は“鬼門”にもかかわらずだ。

過去に女中から秘書への垂直移動はオレもダチも一度づつ試みていた。
オレのケースではまぁまぁだったのだが黒い子で人種差別などイヤなことがあったらしく1年しか続かなかった。
ダチのケースはひどかった。
女中を秘書に抜擢したとたん、割烹着のオバサンだとおもっていたのが突然ヒラヒラした服に厚化粧で登場。わけもわからぬパソコンを勝手にいじりまくり遊びサイトを見まくって事務所のPCにはウイルスが大繁殖した。
政府官公庁にはビビって電話がまともかけられない。
書類が読めない、ファイリングはその意味が理解できない。
秘書になったのだから給料を上げろとワメクたまりかねたダチが間違いを指摘し注意をすると泣きまくったうえ最後は怒りだす。
最後はボスであるダチに向かって
“あんたは冷たい男、やさしくない”
と言い放つ。
「いい女中」が「最悪の秘書」に一瞬で大変身だ。
散々ゴタゴタした末にやめさせた。
苦い経験。

しかしこのオンナは違う。
同じ貧しい田舎娘なのだが違う。
かならずモノになるという確信がオレにある。
多くのオンナを秘書として雇い、育てようと努力し失望し、首を切ってきたからわかるのだ。
勘ではなく経験でわかる。

― このオンナは事務所最強の秘書だったMやAのような有能な秘書になる ―

― このオンナは事務所を守るようになる ―

― そして異邦人であるオレやダチをブラジルの暗黒面から守るガードの役を
必ず果たす ―

ブラジルで異邦人のオトコを守るのは ”必ずオンナ” であるのをオレは知っている。

そう思った瞬間オレの防御シールドがなんの前触れもなく突然起動した。

― このオンナは事務所にとって必要な存在になる、そして大きく伸びる ―

― やがて事務所に必要不可欠な存在となる ―

― オンナもそれに気づく 自分はこの事務所に必要不可欠な存在だと気づく ―

ジーンズのポケットをまさぐりクシャクシャになったタバコを取り出した。

― 事務所に自分は必要不可欠と認識したオンナは増長をしはじめるだろう。
多分? いや確実に増長する・・・ そしてわけのわからない要求をオレに
つきつけはじめる ―


オレはタバコに火をつけて深く煙を吸い込んだ

― いずれ別のオンナを”対抗馬”として雇い入れなければなるまい ー

オンナの小さな背中を見ながら煙をフーッと吐き出した

―オレはスレまくっているのだろう。ブラジルでアップダウンを繰り返したオレは
釣り堀の小魚のようにスレまくっていて もはや安心や信頼が充満している
東京では使いモノにならないだろうー

しかたがない、オレはブラジルで生きている・・・・・

 

by フェリックス 2011年5月

 

 

 

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