食いモノを巡る戦い −完結編−


サンパウロに着いた。
ホテルにチェックインし、シャワーを浴びた。
冷蔵庫からビールを取り出し一気に飲んだ。
空き缶を灰皿に椅子に座ってタバコを吸っていると、ヤツから確認の電話が入った。

「 予定通り着いたな、飛行機が遅れると思っていたがー 」

「 あぁ 珍しくまともに飛んだ 」

「 8時に迎えいく、ロビーで待っていてくれ 」

「 OK 」

ヤツとの ”食イモノをめぐる戦い” はすでに始まっている、とオレは考えていた。
ヤツは今はまだ事務所だ。だから忙しい。
今晩食う食イモノについて、まだ考える余裕はない。
ヤツがそれを考えだすのは、ピックアップのためのクルマに乗ってからだ。
オレは今考えることができる。
全身がターゲットを絞ったその ”食いモノに” に調整される。
胃も腸も肝臓も腎臓もそして脳も。

 ” カンケーないのは心臓くらいのものだ ”

さて、オレは今日何を食うべきなのか決めなくてはないらない。
タバコをもう一本取り出し、フーッと強く煙を吐き出した。

オレはヤツと約束した時間のキッカリ5分前に部屋をでて、ロビーに降りた。
隣のバーからスーツ姿の男女がバカ笑いをしているのが聞こえる。

” さすがサンパウロだな ” とオレは思った。
仕事の帰りにスーツ姿でバーでダチと酒を飲む。
それから帰宅する。

オレの住んでいるゴイアニアではそうはいかい。
オトコドモは仕事が終わると一目散に家に帰る。
仕事帰りにバーに寄るなど考えられない。
外で酒を飲むときは、女房づれか、愛人づれでカップルばかりだ。
一度家に帰ってからまた出かけるからこうなるのだ。

” ダサイな、ゴイアニアは ” とオレは思った。かなりダサイ。
鬱陶しいオンナと出かけなければ酒も飲めない。
その点、サンパウロはトーキョーと変わらず、ダチはモチロン、それほど親しくもないオンナとでも、飲む機会はいくらでもある。
家に帰るのはその後だ。

” 都市文化は、やはりサンパウロとリオだけかー ”

そんなことを考えながら入口のドア越しに外を見ていると、ヤツの車が入ってきた。

その瞬間オレの全身に ”食いモノアドレナリン” が横溢するのを
ハッキリと意識した。
そしてヤツがドアマンにキーを預けると同時に、オレはドアに向かった。
ヤツが回転ドアに入るほんの一瞬前にそこに滑り込んだ。
ガラスの中のオレをヤツは素早く見つけ、ドアに手をかけるのをやめてオレを外で待っている。

「 待ったか? 」

「 そうでもない 」

ヤツはクルマに左から乗り込み、オレは助手席に座った。
無言のままヤツはエンジンをかけ、光り輝くこの南米一の大都市にクルマを溶け込ませていく。

最初の信号でヤツがやっと口を開いた。
オレは緊張した。

「 ところで今日は 何が食いたい?」

出た! この ”問い” をオレは一か月間待っていた。

”この瞬間のためにオレの今までの人生はあったのではないか! ”

と錯覚をおこしたくらいだ。
横をみると、ヤツは薄笑いを浮かべている。
ヤツの頭の中には 

”今日の食いモノの具体的なイメージ”

がいつものように完全に固定されいてるに違いない。

オレはイキナリ答えた。

「 チョーセンヤキニクだ 」

「 エッ 」

「 チョーセンヤキニクッ 」

「 −−−−−− 」

「 うまいロシア料理の店を見つけたんだがーー 」

ヤツの声にチカラがない。
オレは黙っている。
絶対に余計なことはしゃべってはないらないー

「 ザクースカが最高らしい、 キャビアに黒パンもうまいに決まっている 」

「 −−−−− 」

オレはやっとヤツに答えてやった、

「 オレは塩で行く、オマエはタレか ?」

ヤツの食いモノオーラがみるみる落ちていくのが、横に静かに座っているオレにはよくわかった。ヤツは場の主導権を押さえられなかったのだ。
それはオレが押さえていたのだ。

気がつくとクルマは、アクリマソンというオリエンタルが多く住むセクターに向かっている。

” 勝った ”
” オレはヤツとの食いモノの戦いに勝ったのだ ”

しかしオレは、ヤツが少し可哀そうに思えてきた。
なぜならヤツの全身は胃を中心にして ”ザクースカ ”に向けて完璧に調整され
ていたのに違いないからだ。
それがオレに予想外に食の主導権を取られ、ヤツの全身は拠り所を失い、いまは
ぶっ壊れたPCのようにカオス化しているのに違いない。

やがてクルマがチョーセンヤキニク屋らしき店の前で停止した。
赤と黒と白のインテリアがガラス越しに見える。

”さすが いい店を知っているな ”

とオレは素直に思った。

店内にはいると韓国人らしいオヤジが、妙に媚びた雰囲気で、テーブルにオレとダチを案内する。無煙ロースターの煙突が銀色に輝いている。

”よしっ 食うゾー”

とオレが気合をいれていると
意外にも負けたはずのヤツがでかい声でオレに喚いた。

「 オイ ウマソーだなっ 」

ヤツは敗北からあっという間に立ち直り、全身をチョーセンヤキニクに合わせた
リセットを完了していたのだ。

オレの中で驚きとともに警戒心が蘇ってきた。

” このオトコは手ごわい、これからも油断はできないだろうーーー ”

 

− サンパウロの食はサイコーだ、 チョーセンヤキニクもザクースカもいい −

 

−−−− 完 −−−−

 

by フェリックス 2008年12月

 

 

 

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