修理生活


オレとオレの周りのヤツラを見ていると、いつもなにか修理しているか修理に出している様な気がする。

ビデオデッキ、DVDプレーヤー、コンセント、PC関係全般、冷蔵庫、車のありとあらゆる部位、家の壁のひび割れ、窓枠の取っ手、配管の手直し、切れた電球の取り換え、破れたシャワーカーテンのツギアテ、鍵のかかりが甘くなったってハンドルごと飛び出したドアの取っ手、風呂の栓のゴムパッキングの交換、引き出せなくなった机の引き出し、底のゴムがパカッと剥がれたスニーカーの接着、中のポスターがずり落ちた額の修正、などなどあげていったらキリがない。

本気になれば1000個くらいのケースを列記できるかもしれない。 The Amazon Touch のメンバーでブレーンストーミングをし、修理に加え購入後不良品であることが即発覚即交換のケースもいれたら10000ケースくらい挙がってくるだろう。

原因はモチロン、ブラジル製品の粗悪な品質からくるのだが、世界にその品質を誇る日本メーカーのものも油断がならない。ブランドは日本でも現地生産品も多い。現地部品を使っているため品質基準のハードルを下げているのだろう。よく壊れる。この間も某日本メーカーのDVDプレーヤーが何の前触れもなく動かなくなり修理に出した。車庫にはこれまた突然エンジンのかからなくなった新車同然のH社製125CCオフロードバイクが放置してある。

短気なオレのことだから、いつもイラついているーというとそうでもない。修理のほとんどは女中だとか事務所のオンナだとか知り合いだとかに頼むので、直接かかわることが少ないこともあるが、ホントはこの修理がなかなか興味深いからだ。

まず壊れるモノのほとんどに ”修理屋” なるものが存在し、超零細家内工業的修理屋が町のいたるところにある。どんなものでもある。もしかしたら ”すり減った亀の子ダワシ” でも修理できるかもしれない。

店を構えた修理屋とは別に、町のどこかにかならず ”何でも修理できるオトコ” というのが存在していて、別に修理で生計を立てている様子はないのだが、知り合いのツテで頼むと必ずそのようなオトコがあらわれる。そしてあちこち眺めまわしたあと信じられない器用さで魔法のように直していく。

この間、日本で買ってきた文庫本の ”大江戸生活事情”というのを読んでいた。江戸の時代には様々な修理屋が存在していたらしい。鋳掛屋(ナベカマ修理)とか煙管清掃屋とかー
たぶん戦前まで、いや Always三丁目の夕日の時代までは、このような店や人たちが多く存在していたに違いない。

オレはそのような時代を知らない。でもブラジルでいつもなにか修理していると ”歴史を追体験している” ような気分になってなかなか楽しいのだ。また壊れたものを直しているのにすごく得した気分になることがある。

オレには忘れられない ”ブラジルの三大修理体験” がある。

@ セイコーダイバーウォッチ(日本で購入)
自動巻きが壊れたので帰国したとき日本の時計屋に持って行ったら、最低10000円+部品代+3週間 といわれ、おったまげてブラジルの零細時計修理屋に持ち込んだ。その場でフタを開けて”これは直る”とのご託宣。数日で完了。1500円。

A14年間使いに使ったドイツ製の旅行用トランク。
激しい扱いにヒシャゲテ、内装の布もはがれついにフタが閉まらなくなったケース。日本では修理不能。廃棄確実。なんと、ここゴイアニアで ”トランク修理屋” なるものを発見。超零細家内工業。修理人は全員なぜか黒人。一週間で使える状態に修復し2500円。

BCANONの一眼レフカメラ、レンズ
かなり高価なモデルを友人から安く購入。レンズかセンサーかスクリーンかミラーにゴミ付着。自分でいろいろ清掃しても取りきれない。気分悪し。サンパウロのキャノン代理店ではお預かりで三週間程度。おそらく5000円から10000円。日本でも同じかそれ以上だろう。それをゴイアニアで、この道数十年の超小型店舗のカメラ専門修理屋に持ち込んだ。ちょっと心配だったのだが職人ぽいオヤジがチラッとカメラを構えて
一言 ”待っていろ”
ガラス張りの小さな小さなラボで、別の職人がいろいろな道具を使って手慣れた様子で清掃、30分で出てきた。完璧にクリアーになっている。値段を聞くと、”ただの一般的な汚れだから金は要らない”と来た。

オレはブラジルの粗悪な製品による修理にうんざりしていたが、最近はどうもその修理が好きになりかけているらしい。結構楽しい。壊れて修理して ”得する” ーこの不条理な快感ー

オレはもしかしたら、ブラジルが粗悪な製品で充ち溢れ、そして必ずそのテーマの修理屋が存在するのはブラジルの経済政策ではないかとの仮説を持っている。

サミュエルソンやフリードマンでも理論的に証明できない隠れた経済政策。

「粗悪品の創出による零細修理屋を媒介にした富の再分配」

この論文で、「本年度世界最低のマジメな経済論文大賞」がとれるのではないかと秘かに考えている。

− ブラジルは何でも修理しなければならない、でも楽しいかもしれない −

by フェリックス 2008年1月

 

 

 

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