理力(フォース)


アマゾンに甥と行くことになった。

マナウスには The Amazon Touch の事務所があるから、そこの所長?をしているヒカルドンに甥のアマゾン旅行のアレンジを頼んでいた。オレは色々なことでヘロヘロで後ろ向きの仕事に忙殺されていたから、マナウスまでは行ったが、アマゾン旅行まで付き合う余裕はなかったのだ。

甥は、まだガクセーでニューヨークと東京にしか住んだことがない都会っ子で、何不自由なく育ち、”先進国のアッパーミドルクラスが与えられる恩寵” のなかで育ったーようにオレには見えた。

マナウスに行くまで、サンパウロ、ゴイアニア、リオデジャネイロと一緒に過ごしたが、彼にはやはり先進国基準でモノが動くはずという潜在的先入観があった。

それは例えば、飛行機は予定通り出発し、ゲートはボーディングパスに記載されたゲートで、変更があってもそれは何種類かの言語で速やかに乗客に伝達され、みな問題なく出発するー というようなことだ。これは日本やNYの基準だー つまり、北半球では当たり前の基準だ。

このような、人に対するサービス、利便性の提供、プロフェッショナルとしての責任感など、先進国には普遍的に存在するが、ブラジルではあるようでないし、ないようである。つまり、あったりなかったり、人によったりその日の気分だったりで ーとどのつまりはアテにならない。

さて、サンパウロの飛行場で彼とゴイアニア行きの飛行機を待っていたら、案の定、フライトは遅れ、ゲートは変更になり、その連絡が徹底せず、変更後のゲートにいったらゲートのフライト確認ボードに三つのフライトが同時に表示されていた。さらに搭乗の時には、ゲートのボードが示したフライトはゴイアニア市行きではなく、1000KM離れたベーロホリゾンテ行きであった。オレは問題なく甥をつれて「ゴイアニア行きと確信を持ったそのフライト」に乗り込み無事?ゴイアニア市に到着した。

さて、飛行機を待っている間ー 甥からいろいろ質問が出た

「どうしてきちっとゲート変更の放送しないのか?」

「どうしてブラジルを代表する国際空港なのに、英語の放送があったりなかったりするのか?」

「どうしてゲートのボードに違うフライトが表示されたままなのか?」

「どうして叔父さんはこれがゴイアニア行きと断定できるのか?」

そして最後に、

「もし日本から英語もポルトガルもできない旅行慣れもしていない人が一人で来たらとても乗り継ぎなどできないのではないか?」

この質問はどれもごくまっとうなものだ。ただしそれは、先進国の基準に照らしてー ということに過ぎない。

ブラジル人もオレもこのような不条理の世界に遭遇したときは

「どうして」

など考えない。

オレは甥に答えた。

「理由はない、なぜかわからない、それに興味もない」

「ーーーーー」

「もしかしたら、機械が壊れていたからかもしれない、空港の担当者が女房のお産で休みなのかもしれない、メンドクサイからやりたくないのかもしれない、気が付いていないのかもしれない、ストをやっているのかもしれない」

「ーーーー」

「でもそんなことを追求しても考えてもブラジルでは意味がない」

「ーーーー」

「ただ どうしたらゴイアニアのフライトに乗り込めるかー それだけに集中しろ、それだけを考えろー」

「ーーーーでも、これだけ情報がめちゃくちゃだとー」

オレはルークスカイウォーカーに秘伝を伝授するオビワンのような気分だった。

「いいか それにはな 理力(フォース)をつかえ、いいかフォースだー すべての外部から与えられる情報を頭の中で一度遮断し、自分のフォースに頼るのだー」

「 理力(フォース)? 」

「そーだ、システムに頼らず 理力をつかって自分で行動キメるのだ」

「ーーーー 」

「サインボードや放送が決めるのではないぞ、オマエの理力(フォース)がきめるんだ」

甥はそのあとの厳しいトレーニング?によって日本に帰国するときには、最低限のフォースを身につけていた。それは最後の国際線のフライトで証明された。

彼の身につけたフォースは、アマゾンでの

”理力(フォース)養成トレーニングキャンプ”

で習得したものに違いない。

 

− 続く −

 

by フェリックス 2007年8月

 

 

 

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