アダルトビデオ


まだDVDがレンタルビデオ屋に並ぶ前のころの話。

オレの住んでいるゴイアニア市の静かな住宅街にあるレンタルビデオ屋での 「事件」 だ。「事件」 といっても犯罪に巻き込まれたー という話ではない。でも、その事件が、その後のオレのブラジル文化のイメージ形成とその理解に少なからぬ影響を与えたのは間違いないから、このブログに記しておくべきだろう。

小さな二階建てのレンタルビデオ屋が、オレの住んでいたアパートからゆっくり歩いて五分くらいのところにあった。周りにはアパートがたくさん立っていて、緑も多く、庶民の住む下町、といった雰囲気のところではない。中流以上が住んでいる地域で、東京で言えば世田谷区の住宅街の近くにあるビデオ屋さんー と言えるだろう。

一年のうちの多くを一人暮らしで過ごしていたオレは、仕事以外は、時間つぶしのネタを探さなければいけない状況にあった。なにしろゴイアニアは州都とはいえ中西部の田舎町にすぎない。まだインターネットも一般化していないころでもあり、そのなかで時間つぶしのネタを探すのはそう簡単ではなかった。

そのころの事務所の仕事はたったひとつで、6時までにはたいてい終わってしまう。それからの時間をどう過ごすかがオレには大きな問題だった。ポルトガル語もうまくしゃべれないし、リオデジャネイロやサンパウロのような都市機能はモチロンないから、夜やることが無い。

で、もっぱらビデオを借りてアパートで見ることとなる。これがまた問題で、字幕はポルトガル語、オリジナルは英語でストーリーを追うのが大変なのだ。だから心理劇や法廷モノは避け、もっぱらセリフなどカンケーないアクションものを中心に見ていた。

さて、あるキッチリと晴れた夕方、多分土曜の午後だったと思うが、オレはサンダル履きで近所に新しくできたというレンタルビデオ屋に行ってみた。オレは事務所に行く途中にその店を見ていて新しいビデオ屋があるのを知っていた。近所の何軒かのレンタルビデオ屋の会員にすでになっていたが、新しい店には新しいビデオがあるかもしれないと思って行ってみたのだ。

その店は二階建てになっていて、もともとは普通の住宅らしかった。それを改装して店にしたのだろう。一階の入り口の正面にカウンターがあり、そこに品のいい40代かと思われるマダムっぽい人が座っていた。一目でオーナーとわかる。右にビデオを置いてあるタナが広がっていてそこにずらりとビデオが置いてある。二階は吹き抜けで、一部がフロアーとなっている構造。そこにもビデオがおいてあるのが目に入った。

入るとそのマダムがすぐ

「いらっしゃいー」

とニッコリと微笑みかけてきた。

「なかなか 感じのいい店じゃないかー」

とオレにしては珍しく素直に思った。オレがタナのビデオを眺めているとマダムが寄ってきて

「なにかお手伝いしましょうか?お探しのモノがおありなんですか?」

と丁寧に聞いてきた。ゴイアニアの小さなビデオ屋では店員が声をかけてくることが多い。ビデオを借りる客に映画とその評判についての知識が日本ほどないためか、それとも客がそのほうがウレシイのかそれはわからないー

さてオレは

「いやなんとなく見ているだけだから結構デス」

と返事をした。美しいといってもおかしくない品のいいマダムの雰囲気がオレにも伝染して丁寧に返事をした。ビデオ屋の店内に客はオレ一人しかいなかった。その空間のなかにオレと品のいいマダム二人しかいなかったわけだ。

タナに並んでいるビデオのセレクトは普通のレベルのもので、とくに特徴がなかった。新着コーナーのものはどこのビデオ屋にもあるようなビッグタイトルだけだったし、逆にカルトムービー的なものをそろえているわけでもない。

オレは吹き抜けの二階に移動することにした。そこがアダルトビデオのコーナーであることをオレは知っていた。なぜかというとブラジルのビデオ屋は行政指導でアダルトコーナーは未成年の目に触れないように”隔離する”することが義務付けられており、たいていのビデオ屋も同じような構造になっているからだ。よっぽどアホなオトコでない限りそのくらいのことは店に入れば一瞬でわかる。

オレはアダルトビデオに特別な興味を持っていたわけでないがー
いやホントーのことを言おう−
実はたまたまオレはアダルトビデオを友達にススメられてー
エエィッ、こんなことはどうでもいい、事実の描写だけすることにする。

オレは店の奥の螺旋状の階段をカンカンカンと音を立てながら二階に上って行った。クソ、なんでカンカン音がするんだっ!そっと上がっているのに!

さて、二階は予想通りアダルトビデオのコーナーだった。アメリカ輸入ものがズラリと並んでいた。フロアーの壁にそって棚が置かれ中央にはなにもない。そこをゆっくりと一周しながらオレはビデオを眺めていた。しばらく時間がたったときオレの耳に、螺旋階段を上がってくるカンカンカンという音が聞こえてきた。

おれは

「オッ、別の客が来たのだな」

と思った。でもそんなことは気にならず、熱心に?タナにキレイに並べてあるAVをチェックしていた。しかしそのオレの視界、右舷90度、午後三時の方向に映った影は、別の客どことろかオトコですらなく、なんと店のマダムだったのだ。

オレは一瞬動揺した。しかし、多分、棚の整理か戻ってきたビデオを棚に戻してサッサと消えるだろうと考えココロの態勢を立て直した。そして余裕を持ったフリをしてオレは本来の行動を持続していた。ところがここからが意表をつく展開となった。

マダムは手に何も持っておらず、棚の整理をするわけでも全然なく、艶然と微笑みながらまっすぐにオレに向かってきたのだ。そしてオレに向かって言い放った。

「なにかお好みのモノ、見つかりましたかぁ〜」
「お手伝いして差し上げますよ〜〜」


オレの心理的防御シールドは、この意表を衝く、まるで予想もしなかった展開で一瞬で壊滅した。ココロのなかで動揺が山のように膨れ上がってきた。
「ヒィッ、ヒイヒイヒイッー」
というのがオレの心理状態だったと思う。

「どのようなものがお好みですかぁ?」

「ヒィッ」

「アメリカモノがブラジルでは人気ですが、ブラジルモノにもとってもイイモノがあるんでございますよー」

「ヒイッ」

「たとえばコレ、リオのカーニバルがテーマですのぉ。それをパロディーにしたものでとっても素敵なんでございますのよぉ〜」

「ヒイッ」

「あら、お客様 、もしかして男性モノといいますか、ホモセクシュアル系のモノがお好きなのではぁ〜」
「この分野でもブラジルはなかなかススンでおりましてぇxxxx」

「ヒッィ〜ヒッィ〜」

オレは白いペンキが塗られた螺旋階段をカカカカーンと走りおりて、店のドアをバーンとぶちあけて、外に飛び出したい気持ちだった。そして大空に向かって

「バカヤローッ」

と叫びたかったのだ。

でも現実はー 美しい栗色の髪をしたマダムが優雅に立っていて、オレは床に釘付けになっていた。

オレはモゴモゴと

「あの、あの、今日はイイですー」

とかマヌケな返事をしながら、フラフラとこのビデオ屋を出て行ったのに違いない。ここは記憶がアイマイなのだがー

この経験はオレにとって新鮮だった。このような事態は日本ではまず発生しまい。他のアジア諸国でも想像できない。アメリカーうーーん難しいだろう。田舎のガァガァオバサンならともかく、なにしろ栗色の髪をキレイにウエーブしたマダムなのだ。

ブラジルは凄い!というのがオレの結論だった。

「おおらか」

とか

「オープン」

とか

そういう月並みな言葉では表せないブラジルの

「凄さ」

を体験したと思った。コレがブラジルかー
うーーん、ブラジルは凄い。なにかが決定的に違うー

−−−−− ブラジルは凄い、もしかしたら ”凄すぎる” かもしれない−−−−−

by フェリックス 2007年1月

 

 

 

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