ロッキーのアニキ


オレが学生時代、大いに流行った映画に「ROCKY」がある。あのスタローンの出世作だ。ボクシングのスポーツ根性モノでその後、シリーズとなり何作も作られた。そして、他のシリーズモノと同様ロッキーも第一作を超えられなかった。ちょうどクラブ合宿で信州の高原に出かけたとき、まさにこのROCKY第一作が大ヒット中で長野出身の仲間のごときは興奮して「ロッキー、ロッキーィィィ」と狂ったように叫びながら高原の土手を駆け上っていた。

ロッキーが公開されたころは”キョーヨー”なるものがまだ世間的に価値のあるものと認められていた最後の時代だ。サテンにナカマがあつまり映画の話になると

「オレはベイルマンが好きだ、神への背徳がニーチェに通低している」

とか

「いやヴィスコンンティがいい、”家族”の肖像はだめだ”山猫”を超えていない」

とかの会話が横行しておりオレも

「いや何と言ってもフェデリコフェリーニだ、”サテリコン”を見てから映画を語ってもらいたい」

などと無理をしていた。

実のところ飯田橋のボロ映画館で授業をさぼってサテリコンを見に行き、あまりに退屈で寝てしまった。起きたらそこにはオレ一人しかいなかったのだった。オレがその頃ホントに好きだった映画は「ジョーズ」と「ダーティーハリー」と「エクソシスト」、そしてこの「ロッキー」である。

ロッキーはその後テレビやビデオで何度も見たが一箇所、妙に気にかかるシーンがあった。だがその時、そのシーンがオレにとってのラテン文化理解のカギになるとは考えてもいなかった。

さてブラジルだ。オレに最も近い日本のオンナがある時ブラジル人の仲のいい友人のE女の経営するサロンつまり美容院に行ったときのエピソードだ。彼女はその頃まだブラジル語がほんの少ししかしゃべれなかったのだが、それでも同じアパートに友達ができて、食事に呼ばれたり呼んだりだりする仲になっていた。そしてごく自然に、そのブラジル人のダチであるE女の経営する美容院に出入りするようになった。

ある日そこでマニュキュアをしていると壁に「いまマニキュア値引き中、通常600円を今なら400円」と紙に書いて貼ってあるのに気がついた。ポル語をうまくしゃべれなくても支払いに敏感なオンナ族である。その程度のことは瞬時に理解する。そしてマニュキュアをしながらキャッシャーに座っているE女ととりとめのない話をし、やがて支払いに行った。するとその請求は600円であった。E女はオーナである。間違えるわけがない、それもダチへの請求に。

このハナシをきいたとき彼女は相当怒っていた。

「トモダチにそんなことをするなんて信じられない!!ブラジル人ってそんななの!!」

この日本人のオンナはこのE女との共通のブラジル人の友人にもこのハナシをしたらしい。

「アラ E女はそんなことしたの。だめねぇー。そこがブラジル人のダメところなのよねー」

と、そのブラジル人の友達は一応同情してくれたらしい。でもそのノリは軽く「きのう庭で水をまいていたら蚊に刺されてねぇー」というのと同じレベルだったらしい。

さてその後、この日本人のオンナがアパートの契約の更新をすることになった。更新でだまされるのもいやだし、よくわからないしで、この美容院のE女に相談した。ただ相談しただけだ。するとこのE女

「これはアンタにやらせることはできない。日本人だと思ってブッタクル可能性が十分ある。アタシが全部やるからマカシトキッ」

とすごい勢いだったらしい。そしてE女は契約更新の日、美容院の仕事をほったらかしで単身不動産屋に乗り込み数時間の後帰ってきた。そして破顔一笑、

「この書類にサインして、全部OK、いい条件を引き出したからネ アンタ」

そしてそのあと、その不動産屋にこの日本人のオンナが家賃の支払いに行った時、そこのオヤジから直接聞いた。「この間きたアンタの代理人のあのE女、ヒッデーオンナだなありゃ、おれにイキナリこう言ったんだ」

”あの日本人のオンナはアタシのマブダチなんだからねッ、アクドイことするでないよ、なんかしたら訴えてやるからね”

「もう十年オレが若かったらあのバカE女と大乱闘だったはずだ」

その契約条件はほかの同じアパートのブラジル人の住民より良いくらいだったらしい。

さて今度はロッキーだ。
このE女のエピソードを聞いたとき、オレは長年のロッキーのあるシーンについての小さな疑問がとけたような気がしたのだ。

無名の田舎ボクサーロッキーがヘビー級の偉大なチャンピオン アポロのきまぐれから、挑戦者に指名される。ロッキーとその家族友人たちは沸き立つ。無名のロッキーも一夜にして町の有名人になる。タリアシャイア扮する恋人のエイドリアンも全身全霊で彼を励ます。勝てるわけのない試合に挑むロッキーとそのまわりの人間模様ー

ここで登場するのがロッキーのアニキだ。正確に言えば恋人エイドリアンの実の兄。禿げ上がっていて小男で太っていてサエナイ中年。せこそうで抜け目のない男に描かれているがちょっと人がいいようにも見える。

ロッキーが有名になったのを利用してこのアニキが金儲けをたくらむ。ロッキーの名前を無断借用して商売につなげる。自分の実の兄が恋人のロッキーを利用して小銭カセギしているのを見て腹を立てるエイドリアン。しかしロッキーはその事実を知りながらもこの恋人のセコイ兄を許すのだ。

「まぁいいじゃないかエイドリアン」ー

そして試合当日 このセコイアニキは打って変わってロッキーのために全身全霊で、100%完璧に、一切の私欲なく、怒りと叫びと涙で彼を応援しそしてその勝利を願うのだった。

オレがこのシーンで気にかかっていたことは、

「果たして親しい友人を、それも妹の恋人であるロッキーをコゼニのために利用するようなやつが本気でロッキーを全身全霊で応援できるものだろうか」

そして

「オレがロッキーだったらこんなセコイヤツはダチでもなんでもなく 絶交するか遠ざけたに違いない。ロッキーのようなヤツがホントにいるのだろうか」

ということだった。20歳のオレにはそこが引っかかっていたのだ。

オレはE女のエピソードを聞いた時にそれがこのロッキーのシーンと重なり、積年の小さな疑問が氷解したように思う。そうかそういうことだったのか。あのロッキーのシーンはリアリティーにほかならない。マブダチからマニキュア代200円をゴマかすセコサ。でもそれを遥かに超えるエネルギーを使ってそのダチのために不動産屋と渡り合う。人のいいロッキーを利用し小銭を稼ぎ、そしてロッキーの勝利を強烈に願う。

恐るべきセコサもダチを守る純粋さもどちらも矛盾なく共存しているミステリー。
絶対矛盾的自己同一。

「コッこれがラテン世界か。人間形成が日本人とは違う むむむむぅー」

その後、そのオレに近い日本人のオンナは多くのブラジル人の友達をもった。日系ブラジル人ではなかった。心配してくれ、助けてくれ、一緒に遊び、不慣れなところをカバーしてくれるのはブラジル人であることを、それも”ブルジョア系ブラジル人のオンナ”であることをオレはつぶさに見ていた。

−ロッキーは夢物語だ。でも描かれているラテン的人間模様はリアリスティックだ−

by フェリックス 2006年10月

 

 

 

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