トイレ関係との戦い 1


オレがブラジルに来た頃にホントに参ったことがある。それは「トイレ・風呂関係」ともいうべきカテゴリーで、文化の違いとか習慣とかの違いよりはるかに「ショック」だった。

文化の違いは想像できたし東南アジアとそれほどかわらない。喜怒哀楽のソースは、日本人もブラジル人も同じでまぁガタガタ騒ぐこともなかった。

周りをブラジル人の共同経営者や秘書で固め、しっかりした女中に家を守ってもらい、文化の差によるストレスは「毒をもって毒を制す」作戦で臨んだ。

オレの日常生活や仕事を進める上で日伯文化差が原因で起きた問題は、個人的なことでも彼らに”丸投げ”し、オレに降りかかるストレスを分散した。オレが注力したのは共同経営者から秘書、女中にいたるまでの人選と彼らに対する給料の保証、それと、たとえそれが幻影あっても”将来への展望”の提示である。それと引き替えに、ブラジルで生じるストレスからの”防衛”をオレは彼らに強く望み繰り返し要求した。

この作戦はうまく機能し、彼らは”細かいさまざまな文化ストレス”からオレをを守る親衛隊と化していった。

おかげでオレのブラジルでの生活の出だしはかなりスムースだった。アパートを借りるのも、車を買うのも、会社の設立の手続きも、朝食も昼食も、コーヒーを入れるのも、一人暮らしのときはスーパーの買い物も
電話を引くのも、いろいろな登録も、税務申告も自動車事故の処理も、すべて彼らに肩代わりしてもらい、OKでストレスは極小だった。

オレは一人悦に入り、朝事務所で秘書のオンナにサンドイッチなど作らせて、それをほおばりながら

「ウヒャ ウヒャ ウヒャーーーうまくいったワイ」

とアホ丸出し状態だったのに違いない。この先にオレの想像を超えた「電撃的ストレス」が待ち構えていようとは夢想だにせず猫など抱きながらイスにふんぞり返っていたのだ。

さて、某日オレは所用でサンパウロに出かけ、ブラジル人の友人の家に泊まった。仕事も終わりこの家のサラと呼ばれるリビングでくつろいでいると

友人が

「食事の前にシャワーでも浴びてきたら」

と勧めてくれる。

オレは言われるままにこの家のバスルームというか小さなシャワールームに入った。コックをひねると頭上から温水が出てきた。ブラジルのシャワーの多くはシャワーヘッドにニクロム線が通してあって、水がここを通るときに暖めるという原始的なものがほとんどだ。この家のシャワーももちろんそのタイプだ。オレはちょっと水が熱いなと思って濡れた手で水量調節のコックをモロつかみ水量を減らそうとした。

その一瞬

「バチバチバチバチーグリグギャアアゥ」ーーーーーーーー

全身に電撃的ショックを受けたオレは戦闘勝利後のハイランダー状態になった。オレは5秒くらい電撃的ショックに見舞われ、崇高な神の啓示を受けたような真空状態になっていた。

気がついてみると、オレは温水がでっぱなしになっているシャワーの下にモウロウとして立ち尽くしていた。やがて正気に戻ったオレは何が起きたか理解した。

ニクロム線に通る電気が漏電しコックの金属のニギリにモロ通電していたのだ。濡れた手でそれをモロつかんだ俺は、理科で習った理論どおり感電したのだった。

オレはぐったりしていた。ショックで思考停止状態だ。頭のシャンプーも落とす気力もない。変に体を動かせばコックに触れまた「電撃的ショック」を受けるかもしれない。温水は出続けている。

「とにかくシャワーを止めなければマズイ」

気持ちのアセリとショックでオレは第二の間違いを犯した。そばにあったタオルをノロノロとつかみ、またシャワーのコックをそのタオルを手に巻いて閉めようとしたのだ。

そのトタン

「ゴッ ゴッギーーーン」

またハイランダー状態となってしまった。タオルが濡れていて、オレはまたまた理論どおりモロに感電したのだった。

這うようにしてリビングに戻ったオレをみて友人が心配そうに声をかけた

「どうした、どうしたんだっ!」

「アレ アレアレアレ シャワー 感電ッ」

友人が”なーんだ”という顔をして

「アレか ブラジルではCHOQUE ショッキというんだ、ブラジルでは日常茶飯事だ」

「お前ら一族は毎日感電しながらシャワーを浴びているのか?」

「バカ、乾いたタオルを手に巻いてひねればいいんだ、われら一族はみなそうしている」

あまりのバカバカしい回答に、オレはもはや精神を支えることができず完全に崩れ落ちた。

しかしオレが洗礼を受けたサンパウロ州の「電撃的ショック」は110Vに過ぎなかった。

オレが住むゴイアス州は、その倍の220Vという超高性能で羊のような弱気なオレを待ち構えていたのだ。

− 続く −

by フェリックス 2006年9月

 

 

 

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