緊張感


オレは20代のころから海外にはいろいろ出かけたが、住んだのは日本以外ではブラジルだけだ。この間ネットの海をあちこち漂っているうちに、海外留学している学生のブログで「人種差別体験」について書いてあるものをたまたま見つけた。それからコレ関係のサイトをあちこち読んでみた。

結構いろいろな体験談があって、その殆どがアメリカ、フランスとイギリスの欧州、オーストラリア、ニュージーランド。当然のことながら白人国家、もしくは白人中心国家でのネタが圧倒的だ。

面白かったのはワード検索していたら

「ニュージーランドとオーストラリアは人種差別の少ない国として世界に知られています、留学先に最適です。Happy オージーライフ!」

などという留学斡旋の宣伝のすぐ下に

「オーストラリア留学で一番ショックだったのは人種差別でした」

とか

「ニュージーランドで子供からもモノを投げつけれられた体験談」

とか

「質問 オースト、NZは人種差別が少ないと聞いていますが本当ですか?回答 モチロン人種差別はあります。それは覚悟してください」

などがずらりと並んでいたことだ。

オレ自身についていえば、数回経験している。オランダとアメリカ、イギリス。オーダーを取りに来なかったとかその類の人種差別の「入門レベル」のものだ。単なる旅行者だったからだろう。そこに住むとなるとその先にいろいろ待っているだろうことは容易に想像できた。

さて、ブラジルだ。この地にもう10年以上住んでいるのだが、その種の経験は殆どない。アメリカと同じように多民族国家のブラジルだが、社会階層をみると、この国は白人中心国家とも言えないこともない。でも、少なくともオレの日常生活のなかでどの社会階層のブラジル人と接しても、日本人に対する接し方に基本的な違いは感じられない。

そこを考えると日本人が「白人中心社会」の外国のなかで、ブラジルほどここちよく住めるところも珍しい。この国では、東洋人を見ると反射的にまず「日本人」と思う世界でも珍しい国らしい。もしかしたらそれは、唯一ブラジルだけかもしれない。一般的に東洋人はまず「中国人」とイメージされる。ブラジルでは東洋系移民の中で日本移民の移住が早く、人口も日本人が圧倒的に多かった。だからブラジル人は、東洋人を見ると反射的に「日本人、日系人」を連想するらしいのだ。

そのブラジル人の持つ日本人に対するイメージはかなりいい。あるブラジルの新聞の調査で「ブラジル人はどこの国にもっとも親しみを感じるか」とのアンケートをした。トップが「日本」だった。それをブラジル人の友人が、うれしくて仕方がないといった風情で何度も何度もオレに話したのを覚えている。

この日本人に対するイメージは、日本移民が築いてきたものに違いない。ナマイキなオレもこの点で我等が先達に深く感謝した。

さて、ブラジルに住みはじめて何年か過ぎたころ、オレは自分の精神が弛緩しているように感じていた。そこそこ仕事も軌道に乗り、生活も安定してきたころだ。生活は完全にパターン化していた。精神の弛緩がマズイと思っていたオレは、「なにか刺激がほしい、刺激がほしい」と思うのだが、100万都市とはいえ、田舎のゴイアニアではそんなものはどこにも転がっていない。アマゾンやリオ、サンパウロにも出かけるのだが、弛緩している精神に変化がない。

することのないオレは、そのころ出てきたインターネットで時間を潰すようになった。そして海外に住んでいる日本人たちのHPやBBSを盛んに見ていた。どのような生活なのか興味があったのだ。そしてその中には多くの「人種差別との戦い」が記されていた。欧米でのものが殆どだった。

オレはそのとき何故か奇妙な感覚を持ったのだ。それが正しかろうとそうでなかろうと、事実そう思ったのだ。それは、彼ら海外で暮らす日本人に対する同情とか、大変だなぁとか人種差別への憎しみではなかった。それは、個人的なものだったのだ。

「ここには人種的緊張感がない、弛緩したオレの精神に必要なのはコレダッ」

考えてみれば文化の差のゴタゴタはあるが、ブラジルに来てから人種的な緊張感というものをオレは殆ど感じたことがないのだ。もしかしたらタイやフィリピンの方があったかもしれない。アパートを借りようとすると喜んですぐ貸してくれ、タバコ屋でタバコを買おうとして大きな札をだすと

「釣りがないので次のときでいい」

とよく知りもしない店のオヤジに言われ、

肉屋で肉を買うと金髪の美少女に

「どこから来たの?日本?ステキ!」

とニッコリ笑って言われ

自動車を修理してその出来具合に文句をつけると

「ここは技術大国ニッポンではないんだ、ブラジルなんだ。我慢してくれ」

と予想外の弁解をうけ

テレビを見ると「ニッポンの先端技術」とか「日本の伝統」とかの恥ずかしくなるような肯定的なイメージが流れている。サンパウロにでると「日本は安全でいいなぁ、どうしたらそうなれなれるのか」と聞かれたりした。

オレは人種的緊張感を感じないブラジルで、やさしいブラジル人に囲まれてすっかり精神が弛緩していたのに違いないと思いこんだのだった。

ところで、そのころオレは日本に一時帰国する機会があった。仕事がらみ途中にロサンゼルスに寄ることになった。ロスの空港で通関に引っかかった。横柄な係官が「トランクを開けろ」という。あけて調べた後、アゴを出口の方向にシャクリ「あっちへイケ」と言う。空港を出てタクシーを捜した。タクシーに乗ると、ドライバーとの間には厚いプラスチックの仕切りがあった。仕切りにあいた小さな窓から白人の運転手が「どこだ」と聞いてくる。空港近くのホテルの名前をつげるとこれまた横柄な態度で「降りろ、バスでいけ」と聞き取りにくい英語でいい、何の余韻もなくサッサと行ってしまった。ホテルの巡回バスに乗れということらしい。そのバスに乗ってホテルに着いた。ポーターが白人の客のバゲッジをさっさとフロントに持って行き、オレだけがトランクと一緒に玄関に取り残された。ポーターは二度と戻ってこない。

オレはそのときブラジルで弛緩していた精神が完全に緊張状態にあるのに気が付いた。
そして重いトランクを運びながら

「そうだ、コレだ、コレでいい」

とつぶやいていた。

−−− ブラジルは日本人に心地のいい国だ でもダレでしまうかもしれない −−−

by フェリックス 2006年9月

 

 

 

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