女中とエリート駐在員 1


オレはブラジルに来て何年かは一人暮らしが多かった。で、ブラジルに来てとりあえず住む家が決まるとすぐ女中を雇った。ブラジルで女中を雇うのは、中流以上の家庭では当たり前で、オレは当時ポル語も満足にしゃべれなかったのだが、相棒からの紹介もあってとりあえず来てもらうことにした。彼女は、相棒の持っている農場の管理人の奥さんの姉妹で、この家族は信用できるという。

女中が物を盗んだりするのはよくあることで、ひどい時には、泥棒の手引きをしたりすることもあるらしい。いい女中を雇うために紹介は不可欠なのだ。

さて彼女は、当時18歳くらいで色の黒い、ちりちりの髪の毛をしていた。そのころオレは、相棒と英語で話をしていて、彼女とはオレのつたないスペイン語でなんとか意思を疎通していたのだ。仕事をはじめて直ぐ、このオンナが真面目なことがわかった。料理もなかなかうまいし、それに頭が悪くない。悪いことはなにもしない。鉛筆一本、ナプキンひとつなくなったことがない。掃除もきちっとするので、ある時、

「なかなか家事がうまいな」

と柄にもなく褒めると

「子供のときから母親に、我々家族が食べるためには女中の仕事をキッチリ覚えるしかないといわれ、家事を仕込まれた」

と言う。

やがて事務所の仕事が忙しくなり、秘書が必要になってきた。カネもないのでホンモノの秘書は雇えない。で、オレは、この女中を事務所に雇い入れることを相棒提案した。相棒は、

「エッ、女中を事務所に?!それはちょっとブラジルでは〜・・・」

と渋ったのだが強引に入れた。

彼女もびっくりしていたのだが、狐につままれたような顔で事務所に通うようになった。ま、その頃は、仕事といってもコピーとか簡単な銀行での支払いとか、コーヒーをいれるくらいで特に難しいものはなかったので、問題は起こらなかった。

当時、オレには日本人の友達はほとんど居なかったのだが、サンパウロの日本の大手都市銀の支店長がまぁ、知り合いといえば知り合いだった。彼はオレの兄弟の知り合いで、ブラジルでおそらく苦労するであろうオレにこの支店長を紹介してくれたのだった。彼は、典型的エリートでアメリカでMBAを取得し、勤務先の銀行がブラジルのUという銀行に資本参加していた。そのU銀行の役員も兼任ということで、支店長としてSPに送り込まれたと聞いていた。

「アンタの兄弟から話は聞いた。なにか困ったことがあったらいつでもオレに電話をしてくれ」

と、突然オレに電話をしてきたのだった。それは通り一遍の社交辞令ではなく、どこか誠実さを感じさせるところがあった。その後SPに行く折々に、一緒に飲み屋をハシゴしたり、彼の巨大なアパートに呼ばれてメシを食ったりした。メガバンクの支店長が、なんのトクにもならないゴマみたいな事務所のオレに妙に親切なものだと不思議に思っていた。こんなギンコーインも世の中にいるのかー

さて、この彼が一度ゴイアニアに家族連れで遊びに来たことがある。一緒に食事をし、オレのチンケな事務所にも来た。その時、例の女中から引っ張った秘書がコーヒーを入れた。オレはその時、このオンナをSPに出張に行かせることにしていた。オレの国際免許を陸運局に裏書してもらい、ブラジルでとりあえず車が運転できるようにしてもらう必要があったのだ。この手続きは、ゴイアニアでは難しくてSPでは簡単なのが判明し、彼女を派遣することに決めたのだ。

相棒は、この時も激しく反対した。

「このオンナはゴイアニアから出たことがない、一生出ないかもしれない、こういうオンナをサンパウロに出張させるなどブラジルではありえない」

当時オレは、事務所の仕事のスタイルについて普段から相棒に宣言していた。

「生活ではブラジルの文化を重んじる、だが事務所はオレのスタイルで行く、【ブラジルでは】は関係ない」

さて、彼女のSP出張のことを、オレは事務所に来た銀行の彼氏に雑談のひとつとして話をした。すると、彼はこう言ったのだ。

「ほぅ、この彼女が一人でSPにの来るの?オレが月に行くようなものかもしれないな」
「心細いだろうから、彼女のSP行きが決まったら、オレに一本電話をしてくれ」

オレは特に返事もせず、聞き流していた。

さて、彼女のSP行きが決まり様子を見ていると、うれしいようで不安なようでよくわからない。聞いてみると、自分は平気だと思うのだが、家族や兄弟が彼女のSP出張に驚愕して「アブナイ、アブナイ」とお経のように唱えているという。

オレはツイ

「この間ここに来た銀行のダチに電話を入れておくからOKだ」

と、ココロにもないことを言ってしまった。彼女は「エッ!」といった顔をしたが直ぐ安心した表情になり

「行ってくる」

と言ったのだった。

by フェリックス 2006年6月

 

 

 

HOME