ブラジルで視力矯正の手術 4


さて、レーシック前の検査の日、3階にあるレーシック専門フロアへと案内された。

一見すると、まるでホテルのカウンターのようなシックな作りの待合室で応対を受け、ほぼ待つことなく最先端の検査機を揃えた部屋に通され、あっというまに検査は終了。待つこと少々で、理科の本の目の図解写真のようなわたしの目を3Dに分析したカルテを受取り、美人の担当医の元へと赴いた。

担当医の女性は、わたしのカルテをサラッと見て「あなたの目の作りはレーシックにとっても向いているわ!」と満面の笑みで告げ、さっそく次の金曜日に予約を入れましょうと手術の日はトントン拍子に決まったのだった。それにしても、「レーシックに向いた目」って、いったい。。。

ところで、気になるお値段は、事前の検査代も含めて R$2900。今の円高で換算すると15万円かからない計算だから、結構お得だ。わたしは、保険に入ったばっかりで、手術に保険が使えなかったからまるまる支払ったけれど、どうやら一部、保険がきくような話だった。

で、取り合えずなんでも値切るゴイアニア人のブラ男は、「なんとか少し安くならないか?」と先生に問いかけたが、どうやら、この病院で値段は統一されているらしく、一切ディスカウントはできないと聞き、「うちは、照明機器のレンタルをやっててレーザー光線もあるからレーザー自前でどう?」なんてバカなことを言って先生の笑いをとり、とりあえずご機嫌になっていた。。。(笑)

家に帰って、ふとカレンダーを見ると、手術予定日は「13日の金曜日」だと気づいた私。。。別にクリスチャンでもないし関係ないと言えば関係ないのだが、なんか不安になって鬱々と数日過ごしていると、先生から電話がかかって来て、患者が一人キャンセルになったから明日はどうかと、わたしにとっては嬉しい知らせが!

二つ返事で、次の日の早朝病院に向かった。この病院ではレーシックの手術はなぜか早朝しかしていないらしく、病院には7時半に来るようにいわれて、ほぼきっかり7時半に到着したのだが、レーシックフロアには、わたしと同じく早朝に手術を受けるらしい患者と付き人しかいなかった。

今思うに、時間にルーズなブラジル人だから、きちんと時間どおりにスケジュールを進めるために、本当の時間の1時間前に来るように患者に伝えているのではないかと思う。というのも、8時くらいにやっとビルのお掃除の人が表れて、手術室の待合スペースが開いたのは8時半頃だった。わたし達のように、時間どおりに来た人にはこのシステムは全く迷惑でしかない。。。

待合スペースの女性から、レーシックを受けるにあたっての説明を受けて、「もしも手術後に近くが見えづらくなったとしても了承済みである」みたいな内容の書類にサインをしたりした後、手術の準備ができたからと待合スペースの奥の扉に促された。扉の奥は、更衣室となっていて、結構ずっしりとした作りのかっぽう着のようなものを渡されて「自分の服を脱がないといけないのか」と聞くと、手術室は冷房がきいていて寒いから洋服の上からそれを着るように言われた。

そして、これがいかにもブラジルちっくなのだが、そのかっぽう着みたいなのを丁寧に受付の女性が着せてくれ、靴を脱いで、変なスリッパみたいなのも椅子に座った状態ではかせてくれた。

わたしの準備が整ったことを手術室の医者に告げ、手術室へと続くドアが開いた。

わたしの想像では、担当医の美人の先生と助手かなんかで手術をするのかと思っていたけれど、手術室には「ER」に出てきそうな白人男性の医者が2人、助手らしき美人の女性が1人、それにわたしの担当医がいた。

女性の助手に促されて、手術台へと横になると上方で点滅する赤と緑の二つの小さなランプを見つめるように言われた。といってもかなり視力の悪いわたしだったから、それが本当に赤と緑の二つのランプだったか定かではない。

わたしがネットで調べたレーシックの手術は「角膜をはがして、眼球をレーザーで削る」というように説明されていたから、角膜をどうやってはがすのだろうとドキドキしていると、まずは右目に何か丸い筒状のようなものを装着しようとした。けれど、外人みたいに目玉が飛び出しておらず特にわたしの瞼は厚いし、切れ長だから装着にかなり手間取っていた。思わず「違うね〜」などとつぶやくから、わたし的には超不安を感じた。

なんとかその筒状の器機を装着したかと思うと点眼麻酔がさされ、恐らく涙と同じ成分の目にしみない液体が器機を装着されたわたしの右目にザーザーと流し込まれ、一瞬目の前が真っ暗になったかと思うと、砂が散っているようなぼんやりとした視界が戻った。多分「角膜」を取り除いたんだなと想像した。それと同じくしてレーザーにスイッチが入ったのがわかった。というのも、ブラ男の冗談のように我が家には、レンタル用にレーザー光線があるから、電源を入れた時の「ビビビビーーーッ」という特殊な音を知っていたのだ。で、余計にドキドキする羽目になった。

「プリメイロ」  ビビッ!(←レーザー照射の音)

「セグンド」  ビビッ!

「テルセイロ。。。」  ビビッ!

と日本語だと「1回目、2回目、3回目。。。」というカウントがポルトガル語なだけに妙に未来的な錯覚を受け、レーザー照射の回数を重ねるたびに例の赤と緑のランプが重なっていくのを眺めていた。結局わたしの目には5回のレーザーが当てられた。角膜が戻され、同じことを左目にも繰り返す。やはりプロで、右目への器機の装着には手間取ったが、もうすっかりコツは掴んだようで、左目は、右目の倍のスピードで手術は終わってしまった。

助手の女性に起こしてもらい、その時にはもう、霧がかかったようではあったけれど、確実に視力がよくなっているのを実感した。

先生たちにお礼をいって、別のフロアにある担当医のブースで諸注意を受けて、なんか怪しいスプーン型のプラスチックの保護器?をテープで目の上に固定されて、1週間はこのへんてこな保護器を夜寝る時も目に貼り付けるように言われた。

思うに、これが日本だったら間違いなくちゃんとしたメガネかゴーグル仕様になっていて、いちいちテープで張り付けたりしなくてもいいはずだ。。。アメリカでもそうだけれど、眼帯も存在せずにやっぱり眼にバンソウコ状態で、眼帯となると怪しいキャプテンクックみたいな真黒なやつになる。

さて、なんかかなり怪しい人になって自宅に到着したが、好奇の眼差しを投げかけるような同居者がいないのは、とってもラッキーだった。

そういえば、以前、母が網膜はく離で入院したことがあるのだが、その時に4人部屋の患者たちが異様に元気だったのを思い出した。彼らは入院するくらいだから目の状態は悪いのだが、悪いのは目だけで別に生命にかかわる入院ではない上、テレビも見れなければ本も読めないということで、同室の患者たちとおしゃべりしまくりといった感じだった。

つまり、今回のわたしの状況もそうで、体はすこぶる元気なのに、目が見えないから何もできないのだ。でも、そういう時に限ってネットショップが繁盛したりもする。パソコン禁止令が出ていたにもかかわらず、見えない目で返事を書いたりした。当然、普通の文字の大きさでは見えないから、300%拡大して対応した。

それでも、画面が異常にまぶしくって、目からはザーザーと涙が流れ落ちてきた。

次の日、検診に行った時には、視力はあきらかによくなっていて、今までぼんやりとしか見えなかった美人の先生の顔がはっきりと見て取れた。視界のピントのあった先生の目の色はグリーングレーで、思った通りの美人さんだった。

その後は、順調に眼は回復して行って、遠視状態で心配だったけれど、毎日寝る前に小さい文字の文庫本をなるべく目を近づけて読む訓練が功を奏して術後3カ月が経った今、以前と変わらない状態に戻った。

ひとつだけ、気になるとしたら、夜の街頭や車のヘッドライトが、妙に眩しく放射線状に見えるということだろうか。けれど、そんなことは、苦にならない位、目が見えるということで以前より何十倍も人生が楽しく充実したと思っている。

術後の検診は、手術の次の日、3日後、1週間後、2週間後とまめに来るように言われ、検診料金は取られない。目の状態をいろいろと聞かれるけれど、わたし的には大満足だから、別になんの苦情もないし、先生の診断によると、わたしの目の回復は一般の人よりも数段早いようだった。そして、なんの文句もたれないわたしに「今までのレーシックの患者の中で最高の患者だわ」と褒められた(笑)

ブラジル人の気質からして、レーシックさえ受ければ魔法がかかったように目が完全によくなると勘違いして、先生にいろいろと細かい文句を言う人が多いのは簡単に想像できる。きっと、そういう輩が多くてこの先生は自分からレーシックをあんまり勧めないのかもしれないなぁ、なんて思ったりした。

それにしても、目が悪くって迷っているあなた。
是非おすすめです!

(完)

by  あっこちゃん 2008年11月

 

 

 

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