農業移民


私とヒカルドンは第53期海外移住研修生である。1993年3月のことである。

なんじゃいな、それは??永住権とどういう繋がりがあるの??とお思いかもしれないが実はこの制度、日本国政府の南米向け移民政策だったのである。

過去形なのは確かこの制度は55期(1995年)で終了し、なおかつ4、5年前には国際協力事業団JICA(現国際協力機構)から完全に海外移住事業部が消失したのである。早い話が政府としての移民政策は、今後必要無しとみられたのであろう。

2008年、ブラジル日本人移民は100周年を迎える。私達の先輩である移民諸氏の詳細な数は公の機関に任せるとして、日本経済が世界のトップに躍り上がっていた時期に、自らの意思で日本を離れて他国に住む決心をした日本人がわずかながら(同期は9人!)でもいたという事実を述べている。

この制度は、南米移住希望者に半年から一年ほど日本で農業研修をさせ基礎知識を与え、ブラジル政府に農業移住者として申請して「永住権の資格を取得」渡航させるというものであった。

今でこそブラジルはアメリカを凌ぐ農業大国になったが、一昔前までは、まともな葉野菜が無かったほどである。もともとブラジル人の食事は、肉と豆が中心で野菜もわずかな根菜類のみ。田舎にいけばいくほど葉野菜などの生野菜を食べる習慣がない。私の住むポコネの人は基本的に肉とマンジョーカ(キャッサバ)さえあればOK。ただし、肉が無ければ食事も喉が通らないといわれるほど。

ま、詳しい食生活に関してまた他のコーナーで紹介することにして、要は日系移民が中心となりブラジルの農業の礎を築いたということを言いたいのだ。それはブラジル政府も認めていて、一昔前までは日本人農業移住者に対して永住権を容易に取得させ自国の農業発展を推進させていた。そして、その最後の永住権取得のチャンスをものにしたのが、私やヒカルドンなのだ。

by サル 2006年6月

 

 

 

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