男と女の断章 Seven True Stories   第七話  信心

あゆみちゃんとは、田舎のカレッジのESLコース(English as Second Language)で知り合った。小柄で華奢なはかない感じの色白の子だったが、どこか凛とした芯の強さが感じられ魅力を感じた。彼女は、このコースを終えた後、別の専門学校に行く予定だといった。

わたしが、この田舎の山奥にあるカレッジをアメリカ留学の最初の場所に選んだのは、まず、滞在費が破格に安かったという理由からだった。人気の都会に比べると5分の1くらいの出費で済んだ。また、田舎なだけに治安に心配なかったのも魅力だった。わたしと同じような理由でこのカレッジを選んだという人も多かったが、この辺りは、ある宗教の本拠地ということもあって、宗教上の理由からここに来ている人も多かった。あゆみちゃんもその一人だった。彼女がESLコースの後に進みたいという専門学校は、まさにその宗教に帰依する人たちのための職業訓練校のようなものだったと記憶する。

わたしは、あゆみちゃんの真面目でやさしい性格に惹かれて時間があると彼女といろいろなことについて話した。彼女は、日本のこの宗教の教会で英語を学んだということだった。最初は英語を学びたい気持ちから教会に通っていたのだが、そのうちに、だんだんとこの宗教に洗礼されていったのだそうだ。日本に帰ったら、先輩でやっている人がいる「ア○ウェイ」をやりたいといった。わたしでも知っている「ねずみ講」だ。やんわりとその辺を追及すると、必死になって弁明していた。これら のことから、彼女はきっと洗脳されやすいタイプなのだろうと思った。

ちなみに、彼女が帰依するこの宗教の特徴は、アルコール、カフェイン、たばこを摂取してはいけないということ。そういうこともあって、この地域の女の子は、全米でも格別に肌がきれいで美人が多いといわれている。そして、もう一つ、結婚前の性交渉の禁止。そのため、ティーンでの結婚が多く、嘘か本当か離婚率も全米トップだとか。そして、あゆみちゃんもそれをきちんと守っていた。当時彼女は23歳で、付き合った人は何人かいたらしかったが、当然のように処女だった。彼女の話の端々から、同じ宗教に帰依する男性と結婚したいというのが伺えた。

約2ヶ月半のESLコースを終えて、彼女は、希望通り州都にある専門学校に合格した。わたしは、都会の美容学校へと移ったが、カレッジに残った共通の友人を通して、お互いの連絡先は常に更新していた。

さて、第五話のイサの家に滞在している時に訪ねてきた友人というのが、このあゆみちゃんだった。

わたしとブラ男で空港に迎えに行く予定だったのだが、どこから聞きつけたのか、女ったらしのピザ屋のマネージャーのマセロも一緒に行くことになった。渋滞で、到着時間を大幅に遅れて空港に着くと、既にあゆみちゃんは到着していた。マセロには「すごくかわいい子だからね」と事前にいっていたのだが、あゆみちゃんを一目見たマセロは、息を飲んで「なんてかわいいんだ」と目がすっかりハートになってしまっていた。彼は、アジア女性が好みで、彼の奥さんもチャイニーズ系アメリカ人だった。彼は、自らあゆみちゃんに挨拶して、彼女のかばんを運んだり、いろいろと話しかけていた。是非、町を案内したいと真剣に彼女と私たちにスケジュールの調整を指示したりしてその日は別れた。

その夜は、久しぶりの再会で、お互いの近況を報告しあった。あゆみちゃんの話は、現在の彼女の学校生活での愚痴が多かった。彼女は、期待を胸に自分と同じ信仰心を持つ生徒だけの専門学校に入ったのだが、もともと白人が主流のこの宗教だから、有色人種の彼女は相手にされないというのだった。どうやら彼女は、この専門学校で同じ宗教心を持つボーイフレンドを作りたかったらしい。彼女の話では、パーティーに出ても、現地の白人の男子生徒は、全く彼女に目もくれずに、彼女に話しかけてくるのは、数少ない有色人種の生徒ばっかりだとか。「人種差別をしてはいけないという教えに背いてる!」とわたしがそれまでに見たことがないくらいの剣幕で訴えるのだが、第三者として話を聞いていると、「人種差別」をしているのは、有色人種の男子生徒に話しかけられても無視しているあゆみちゃん本人だと思った。その他にも、彼女が想像していたような敬虔なる信者と巡り合えなかったようで、この宗教事態にも不信を感じているようだった。終いには、信仰心を強固に貫いて来た今までの彼女の振る舞いにさえも後悔をあらわにした。そして、今の彼女からは、あの知り合った当初の凛とした芯の強さは失われて、普通の女の子という感じになってしまっていた。

次の日の午前中に強引にスケジュールを調整して、マセロの車で町を一望できるという丘を訪問することになった。あゆみちゃんは、英会話に何の問題もなかったから、マセロの助手席に座って、いろいろと会話を楽しんでいた。ブラジル人とはいえ、白人のマセロが彼女に好意的に話してくれるのがとても嬉しそうだった。わたしとブラ男は、後部座席でマセロがいろいろと彼女に口説き文句を投げかけるのをクスクス笑いながら聞いていた。

マセロは、昼過ぎには出勤しないといけないというので、わたし達をブラ男の家に送って、出勤前の少しの時間を、ブラ男の部屋で飲み物を飲んだりして会話を楽しんでいた。といっても、マセロはあゆみちゃんを口説くのに忙しく、あゆみちゃんもまんざらでもない様子だった。二人が盛り上がっているので、わたしとブラ男が台所に追加の飲み物を取りに行って、部屋に戻ろうとすると、なんと部屋に鍵がかかっていた。わたしとブラ男は、ギョッとしたが、まぁ、あゆみちゃんも大人の女性だし何か嫌なことがあったら、きっと声を出してわたし達に助けを求めるだろうと、リビングの方で部屋の様子を二人でどきどきしながら伺っていた。けれど、向こうの部屋はシ〜ンと静まり返っていて、わたしとブラ男の想像力だけがぐるぐると巡り巡っていて二人で顔を見合せて苦笑するしかなかった。

息をひそめて待っていたわたし達には、随分長い時間に感じたが、実際はほんの10分もしないうちにマセロが少し慌てながら部屋から飛び出して来て、「じゃ、また」といって出勤して行ってしまった。わたしとブラ男はなんでもなかったかのように部屋に戻り、とはいえ、何を話していいのか困ったブラ男は、外に出かけてしまった。

残されたわたしも、あゆみちゃんにどう切り出していいのか分かず、どうでもいいことを独り言のように話し続けていた。すると、おもむろに彼女が口を開いた。

「痛かった」

わたしが、ぎょっとして彼女を見ると、「いくら時間が無くってもあんなに急がれたら。。」とつづけたのだった。わたしは、まさかこうも急展開をしてしまうとは思っていなかったから、彼女にはまだ告げていなかった事実を気の毒気に伝えた。

「彼、結婚してるっていってなかったよね。。。」

「え!!!!知ってたら、やらなかったのに!!!!!」

わたしは、そういう問題では。。。と思ったけれど、憤然としているあゆみちゃんにとりあえず謝っておいた。

もちろん、その後、あゆみちゃんとマセロが会うことはなく、約1週間の滞在を終えて、あゆみちゃんは、今となってはどうでもよくなってしまった宗教中心の生活へと戻って行った。

第五話で書いたように、あゆみちゃんの訪問中にブラ男の家に移り住んで、平穏な生活が続いていた3カ月ほどが経過したある日のこと、思いがけずあゆみちゃんから電話がかかってきた。

「わたし、今、イサの家にいるの」

わたしは、びっくりして返す言葉に詰まるくらいだった。彼女は、わたしに相談したいことがあるから会えないかといった。気を取り直して、待ち合わせ場所と時間を決めて電話を切った。

冷静にわたしの中にある情報をかき集めながら、いったいどういう状況になっているのかを考えてみても、さっぱり分かりかねた。いくらあの事件から3カ月ほどが経過したとはいえ、ベティがイサを諦めたとは思えなかったし、イサの家に滞在して危険ではないのかという疑問。そして、最終的にわたしが行き着いた結論は、あゆみちゃんが面倒見のいいイサに泣きついてイサの家を訪問している。そして、彼らはそういう関係をもったに違いないと感じた。

今まで宗教の教えに従って処女を貫いてきた彼女だったが、その宗教に疑問を持った時に、得体の知れない相手といきなり寝てしまったのだ。イサとも当然のようにそうなるだろう。

この結論に行き着いた時、わたしの推理があっていようと間違っていようと、わたしにとってのあゆみちゃんの魅力はすっかりフェードアウトしてしまって、単なる面倒な相手となってしまった。わたしは、面倒なことに巻き込むと思われる相手の相談にのってあげるほど人間はできていない。日本でならまだしも、ここは外国でわたしは外国人なのだ。約束の日は、すっぽかした。そして、彼女からの連絡もなかった。

あゆみちゃんを通して学んだことは、信じるものを失った時の人間の危うさだった。人間とは、弱い生き物なのだ。。。

by あっこちゃん 2007年10月

 

 

 

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