男と女の断章 Seven True Stories   第五話  ベティ

彼女は、今も尚、わたしのアメリカでの記憶の中に強く印象を残す一人だ。彼女とは美容学校のマニキュアコースで知り合った。

ベティは、ベトナムからのアメリカ移民優先制度のようなものを利用して5年前にアメリカに渡って来たといった。けれど、この制度には条件があって、もしもアメリカ移民(グリーンカード)を取った場合は、自国民であることを辞退しなければいけなかったそうだ。そして、アメリカのグリーンカードを選んだ彼女は、ベトナムを訪問する際には外国人の扱いを受け、長期滞在はできないと言っていた。

彼女は、さりげなく「あなたは親に仕送りをしてもらってるの?」と尋ねて来て、わたしが「自分で貯めたお金で来てるから、無駄遣いはできないの」と答えると(といっても片言)かなり感動して、それをきっかけに随分親切に手取り足取りいろいろなことを教えてくれるようになった。後から分かったが、この美容学校に来ている日本人学生のほとんどが親からの仕送りで気楽に生活しているようだった。

わたしがマニキュアコースに入学した時、このコースの生徒はベティだけだった。マニキュア専属の先生は、週に1度しか来ないということで、間もなく卒業予定のベティが先生の代わりに必要なことをほぼ教えてくれたように記憶している。そして、数週間経った頃に、ベティは全ての時間数を消化して卒業した。とはいっても、卒業によってマニキュアの州の資格試験を受けれる資格を得た段階で、約1ヵ月後に試験を受けることになったらしい。

彼女にはパレスチナ人の婚約者がいて半同棲生活をしていると言っていたが、よく喧嘩しては別れ、仲直りしては喧嘩して、を繰り返していた。その度に、わたしや週1でやってくるマニキュアの先生に愚痴ったり相談したりしていたが、彼のくれたという婚約指輪や彼の写真なんかを見せる時の彼女は幸せそうだった。

彼女は、ダウンタウンにある16uくらいの小さなアパートにカレッジに通う弟と中学生くらいの弟の3人で暮らしていたが、一番下の弟はフロリダに住む父の所と彼女の所を行ったり来たりしているようだった。

そんなある日、彼女の父親がこの町を訪問してるから食事を一緒にしないかと誘われ、わたし達はシンプルなベトナム料理のお店に入った。うれしそうに「わたしの日本人の友達よ」と彼女の父親にわたしを紹介する彼女だったが、少し話した後は彼女はほとんど父親と口をきかなかった。口をきかないという以上に、父親を無視しているようにも見えて、わたしの方が気を遣ったりした。そして、食事の後の支払いもわたしが自分の分は払うと言っているのも聞かずにさっさと事務的に全員の分を支払った。そんな娘の様子を彼女の弟達と一緒に当然のように気に掛けないベティの父親。その時に、「自分の父だったら決して娘に払わせないだろうな」と思ったりした。というのも、ベティの父親がわたしに自己紹介する時に自分の名刺を渡しながら結構儲けてるようなことを言ったからだ。

お店を出たところで、彼女の父と二人の弟達とは別れた。彼女はこれから仕事に出かけるといってわたしと一緒に歩き始めた。ベティは、少し怒りながら自分の父親は彼女の母と離婚して、現在フロリダで裕福なベトナム人女性と結婚して新しい妻の援助で楽な生活をしているが、カレッジに行っている弟の学費はおろか昔からベティへは全くなんの援助もしてくれないと愚痴った。

ベティは、二十歳くらいでアメリカにやって来てから、誰の力も借りずアイスクリーム屋に始まり、カフェのウェートレスと、少しずつ少しずつ自給のいい仕事に就いていったようだった。アメリカに来た当初、彼女は英語がしゃべれたわけではなかったが5年後にはすっかりアメリカ人に近い発音で流暢な英語をしゃべっていた。美容学校にいた他の移民のベトナム人がベトナム語のなまりが取れてないのに比べると群を抜いていた。それだけでも、彼女がいかにベトナム人コミュニティーから離脱した生活をしていて、自力でアメリカに溶け込んで行ったかが分かったが、そのためにはしっかりとした強い意志がないとなかなかムリなことなのはわたしにも分かった。第三諸国出身者がアメリカで生き残るということはこういうことかと、日本で何不自由なくぬくぬくと生活していたわたしは、少し恥ずかしくなった。


ベティが卒業してからしばらく経ったある日、わたし宛に学校の公衆電話へ電話がかかってきた。セルラー(携帯電話)がまだそんなに普及していなかった当時、学校のトイレの横にある公衆電話は、若いアメリカ人の女の子達の溜まり場となっていた。普段、まったく話したこともない若いくてかわいらしいアメリカ人の女の子が「AKIKOあなた宛に電話よ」といって来た。電話にもびっくりしたが、彼女がわたしの名前を知っていることにもびっくりした。(後から分かったが、やはり、日本人の黒くて真っ直ぐな髪の毛は、彼女達の憧れらしかった)

電話に出てみると、相手はベティだった。彼女は「わたしの彼がAKIKOに会いたがってるの。今夜一緒に食事できないかな?」と言った。わたしは「???」と一瞬と惑ったが、彼女の意図を察して、いろいろと世話を焼いてくれた彼女の作戦に乗ってあげることにした。

だいたい、ベティの彼氏の友達がわたしに会ってみたいというのなら話は分かるが、「ベティの彼氏」がわたしに会いたい理由があるわけがない。彼女は恐らくまた、彼と別れて寄りを戻す口実にわたしを使ったのだとピンと来た。彼氏にはきっと、「AKIKOがあなたに会ってみたいといってる」とでも言ったことが想像できた。

5時に学校を出てから、彼女達が車で迎えに来てくれるのを学校のビルの前で待った。少しして、彼の運転でベティが賑やかにやって来た。路駐ができないエリアだったので、わたしは直ぐに車に乗り込み、後姿のベティの彼に挨拶した。車の中での簡単な会話の中でも、彼の陽気で人のいい人柄が伺えて、「重いムードだったらどうしよう」と心配していたわたしは安心した。

彼女達の行きつけのイタリア料理のお店に入って席に着き、改めて向かい合って自己紹介をした。彼の名前は「イサ」といった。アラビアの言葉では「神」に当たる意味なのだとベティが間髪入れずに説明した。イサは170cmくらいの細身で優しい面立ちの中年の男性で、リムジンを所有しており送迎や観光案内の仕事をしていると言った。彼の英語には中東方面のアクセントがところどころにあったが、アメリカに来て8年というだけあって言葉には困ることはなさそうだったし、次から次へとジョークを飛ばしていた。

ベティは何のかんの言ってもイサのことが大好きなのが、彼女の仕草やしゃべり方でよく分かった。すると、まるで本題にでも入るように彼女がイサに問い掛けた。

「AKIKOはね、学校を卒業した後ダウンタウンに移ってくるんだけど、場所が決まらなくて困ってるの。あなたの家に私達と一緒に住めないかしら?」

確かにそんなことをベティに話して、ベティが彼女のアパートに滞在してもいいといってくれたが、一度お泊りした彼女のアパートは、彼女と弟で手一杯という感じだったから、わたしは長期滞在型のホテルでも見つけようと思っていたのだ。ベティは、わたしをイサの家に滞在させるのを口実に自分も元のにサヤ納まろうという作戦を考えていたらしい。

するとイサは、なんでもないことのように「日本に帰るまでのたった2ヶ月くらいなんでもないから、広い家ではないけどいつでもおいで」と言ってくれたが、ベティのアパートのことがあったし、イサとベティのプライベートが守られるくらいの広さがあるのか不安だったわたしは、「一度訪問してから決めてもいい?」と尋ねて、後日イサの家を訪問することになった。

その日、帰りの遅くなったわたしを彼らはダウンタウンから気が遠くなるほど遠くにあるわたしのアパートまで送ってくれたのだが、あまりの遠さにびっくりして、少しでも早くイサの家に移ってくることを勧めた。


長かったようであっという間の約二ヵ月半のマニキュアのコースを卒業する日に、ベティはわざわざ花束を持ってわたしをお祝いに来てくれた。お世話になった先生方に挨拶をして、校長先生に終了証を頂き、国家試験の申し込みの手続きを済ませ、親しかった生徒達にさよならを言って学校を後にした。そして、車で来ていたベティがわたしを乗せて、さっそくイサの家の下見へと向かった。

イサの家は、ダウンタウンから車で20分ほどの、海岸にほど近いところにあるおもちゃのような小さな一戸建ての家だった。イサは仕事で出掛けていたが、室内の広さは、1LDKくらいで、わたしが使える予定のソファーベッドを見せてくれ、「とても広いとは言えないが、少しの間わたしが居候できるくらいのスペースは確保できそう」だと判断して、彼らの勧めに甘える事にした。小さな木造の家だったが、とっても可愛らしい雰囲気の建物で、実は、わたしはこの家に一目ぼれして、少しの間でも住んでみたいと思ったのだった。

そして、数日後には簡単な荷物と共にイサの家の居候に収まった。

わたしが移って来た当初に彼らが言っていた通り、彼らはほとんど家に居る事はなかった。イサは、リムジンの運転手を探しているらしかったがなかなか好人物を見つけることができないと言って、自分で送迎や観光のサービスに追われていたし、ベティはピザ屋のウェイトレスと会計の仕事で昼過ぎから夜遅くまで働いていた。

わたしは、試験の日が約1ヶ月後と決まり、一発で通らないと日本に帰る日程が予定通りにいかないから、暇さえあれば家の中で問題集を解いていた。わたしがほとんど出掛けないのを見て、ある日、ベティがノースビーチにある彼女の働くピザ屋に遊びにこないかと誘った。

イサの家に移って以来、ほとんど外出をしていなかったので、気分転換に遊びに行ったピザ屋は、意外にもこの町にたくさんの支店を持つ本店だった。3時前後のもっとも空いている時間帯に遊びに来たわたしを満面の笑顔で大歓迎のベティは、その場に居合せたマネージャーの小柄の白人男性にわたしを紹介した。これまでの付き合いで感じたのだが、ベティにはあまり友人がいないらしく、わたしを友達として彼女の知合いに紹介する時、ほんとにうれしそうにしている。

マネージャーの男性は、挨拶するなり「君もここで働きなよ」と言ってくれたが、「わたし、学生ビザしかないから働けないの」というと、不思議そうな表情をされた。後から思うと、このピザ屋で働く半分以上の人達が不法就労者だったようで、無知だった自分がおかしくなった。そして、ジュースを勧めたりピザを勧めたりしている彼に向かってベティが「彼は結婚してるのに手が早いから気を付けてね」と笑いながら言った。

お客が誰もいない時間帯で、デリバリーの男性達が少しずつ少しずつ戻って来た。みんな見かけない顔のわたしを見つけて少しずつ寄って来て、「何人だ?」「誰の友達?」と気さくに話し掛け、男同士冗談を言い合って笑っている顔が中国系だったりラテン系だったり白人系だったりと様々で「あ〜、アメリカにいるんだな」としみじみと感じていた。段々、話しの内容がエスカレートして下ネタになってきたのを機にベティに助け出されて外に出た。

ベティは「すぐ近くにある二号店で夕方からはウェートレスをするの」と二人で歩いていった。すると、さっき紹介してもらったマネージャーが背の高い男性と話しをしていて、わたしの顔を見つけるなり

「あ、彼は現在恋人募集中だから」

と笑いながら一緒に居た男性を紹介した。紹介された男性は、恥ずかしそうに「何言ってるんだ」とマネージャーに言いつつ名前を述べ握手の手を差し出した。

実は、彼がいまの旦那さんである。(笑)


一度ベティの職場であるピザ屋に遊びに行って以来、ベティは用もないのにピザ屋からイサの家に電話をかけてきては「AKIKOと話したいっていう人がいるの」といって、ブラジミール(主人)に電話をかわった。彼は流暢な英語でなんだか冗談を言ったりしきりに「今度ナイトクラブに一緒に行こう」と言っていたが、当時のわたしは、電話での英語の聞きとりが苦手で、何を言ってるのかちんぷんかんぷんですっかり困りはてた。彼女は、どうにもこうにも彼とわたしとをくっつけたいと思っているようだった。

ベティがどうしてこれほどまでにお節介を焼いたのか?これは、わたしのためなんかではなく、自分のためであった。

当時のわたしは、マニキュアの試験を控えて、イサの家に篭りきりで勉強していることが多かった。そして、その頃、少し体の具合を悪くしたイサが、家で過ごす時間が多くなっていたのだ。彼女は、わたしとイサが変な関係にならないようにわたしにボーイフレンドをあてがおうと必死だったのだ。その事は、わたしも感づいていたし、イサも分かっていた。とはいえ、わたしは日本に帰る秒読み段階で誰かと付き合う気など全くなかった。ただ、アメリカに来て、日が沈んでから出掛けた経験がほとんどなかったから、一度くらい思い出にナイトクラブくらいには行ってみたい気もしていた。

イサは、敬虔なイスラム教徒で毎日シャワーを浴びた後には必ずお祈りを捧げていた。全く違う文化に触れる事は興味深く、また、彼は親切で下手なわたしの英語も忍耐強く理解してくれようとしたし、教えてもくれた。彼は8年前に奥さんと離婚して子供達を残してアメリカに渡って来たらしい。来た当初は英語もままならなかったらしいが、若い白人のアメリカ人女性と結婚して現在はグリーンカードを持っていた。当時奥さんは二十歳で、元気いっぱいでやさしい性格の女性だったようだ。けれど、当時の彼はアメリカに来たばっかりでまだまだ真面目なイスラム教徒。アメリカのジョークや風習に慣れておらず結局破局を迎えたとか。そして、前の奥さんを思い出しつつ、「現在彼女は27歳。もしも今会っていたらお互いもっと理解し合えたのに。。。」と少し悲しそうだった。

イサの家を初めて訪問した時にすっかり跡形もなく枯れ果ててしまった花壇や家の中の埃をかぶったかわいい小物を見た時に、「ベティにこんな趣味があったのかな?」と思ったが、それは、随分昔のイサの奥さんの残 像だった。

イサは、わたしから家賃をもらうこともなく、一緒にスーパーマーケットなんかに行くとわたしの物まで強引に払いつつ「君には今収入がないんだから日本に帰った時のためにとっておきなよ」と真顔で言った。ベティも同じ事をよく言った。わたしはそんな彼らのお言葉に甘えて、少しでも恩返しにと家の掃除や洗い物などまめにやるようにしていた。というのも、ベティが一切そういう事に気がきかない性格だったからだ。

けれど、穏やかな共同生活もそう長くは続かなかった。


ベティは、イサに対してかなり我が侭放題だった。

イサの家に移って間もなく、3人で車で出掛けたときのこと、イサの携帯電話に仕事がらみの電話が入ってきた。結構大切な電話だったようで車を路肩にとめて会話するイサ。わたしは密かに内容を聞いていると、どうやらあるお客の払った高額のチェックの支払いが落ちないらしかった。イサの表情はかなりきつくなり電話の相手と早口に対策を練っていた。

大丈夫なんだろうかとわたしは後部座席で小さくなっていたが、助手席に座っていたベティは、そんなイサの会話に気も留めず、ラジオをいじり回して、お気に入りのステーションを見つけてラジオのボリュームをいっきに上げた。ラジオの音で電話が聞こえ辛くなったのか、イサの声が大きくなる。そして電話を切った後、いきなりイサがベティに向かって

「人が重要な仕事の電話をしている時に、君はそんなにラジオが聞きたいのか!?」

と怒鳴った。わたしは、思った通りの展開に小さくなったままの状態でいたが、ベティの反応は意外なものだった。

「わたしが何をしたっていうのよ!人のことを急に怒鳴るなんて失礼だわ!謝ってよ!」

車内は今にも爆発しそうな重い雰囲気が充満して、ベティは「謝って!」を連発。どうなることかと息をひそめて二人のやり取りを見ていたわたしに気を遣って、とうとうイサは、「怒鳴ってスマナイ」と小さな声で言った。

これが、わたしが目撃した最初の喧嘩だった。そして、わたしがイサの家に寝泊りするようになっても、小さな喧嘩は頻繁にあり、たいていはベティの我が侭が原因となっていた。

そして、とうとうトドメの大喧嘩が起きてしまった。

その日、イサは数日来の風邪と疲れでダウンしてしまい、夕方からベッドで眠っていた。わたしは居間の方でおとなしく勉強していた。9時を回った頃にけたたましく電話が鳴った。寝室の方でイサが応えている 様子から相手はベティだと分かった。少し話してからイサはすぐに電話を切った。と、すぐにまた電話が。またもや相手はベティだった。今回はごちゃごちゃと何かを言い争っていたが、イサは最後には怒って電話を切ったのが分かった。そして、パジャマ姿で顔色の悪いイサがわたしに怒りを剥き出しに話し掛けて来た。

「今、ベティから電話があったんだけど、彼女は病気で寝ている僕に今すぐピザ屋に迎えに来いって言うんだ。僕の車は彼女の弟に貸してるから、弟に迎えに来てもらえばいいだろうって言ったら、リムジンで来いだと。もう彼女の我が侭にはついて行けないよ。だいたい、今回寄りを戻す時にもこれが最後だって言ったんだ。結局、また同じだったよ。」

そして、聞かなければよかったが、つい、口が滑って余計な事を聞いてしまった。

「でも、あなた達、婚約してるんじゃないの?」

イサは、寝耳に水といった感じで

「誰がそんなこと言ったんだ!?」

とほんとにびっくりして聞き返した。わたしもこの時点ではっとした。けれど、しょうがないから彼女が「婚約指輪」を見せてくれた事を話した。イサは嘲るように笑いながら、「あれは単なる誕生プレゼントだった」といい、続けて「彼女とは結婚はできないよ」とつぶやいた。そして、そのまま沈黙して寝室に戻って行った。

どうやらベティには「虚言癖」があるように思えた。そう思うといろいろと彼女のついた嘘が浮かび上がってきた。

イサの家に移って間もなく、彼女はわたしに「もうすぐ結婚するのよ」といった。「おめでとう」というわたしに、「でも、わたしはイサとは結婚出来ないの。彼には母国に子供がたくさんいて彼らを引きとってわたしが育てるなんて考えられないわ」と続けた。けれど、後にイサとの会話の中でイサは奥さんと別れる時に彼の経営していた生地屋をあげて、今も養育費を送金しており、パレスチナではかなりいい生活をしているということだったし、 子供達のことは奥さんが面倒をきちんとみているようだった。

また、美容学校で度々ベティがイサのことをわたしに話した中で、イサはあんまりお金がないから、生活費などベティがかなりお金を出しているとも言っていた。そういう事も踏まえて、マニキュアの先生は「別れた方がいい」と助言していたのだ。しかし、実際のイサの仕事ぶりを見て、間違いなくベティに頼らなければならないような状況どころかかなり良い収入を得ており、ベティの方がいろいろと面倒をみてもらっているのが分かった。

いったい何が彼女にこうしたすぐにばれるような嘘をつかせたのだろう?彼女に友達がいないのもこれが原因なのだと改めて思った。


前回の大喧嘩の後、彼らは完全に別れてしまった。その日以来、ベティはイサの家で寝泊りすることがなくなったので、当然わたしも気づいていたが、マニキュアの試験を1週間後に控えたわたしを考慮して、ベティもイサも敢えてその事をわたしには言わなかった。

マニキュアの試験を無事に合格したわたしだったが、その頃には、まんまとベティの思惑通りブラ男と付き合うことになっていた。そして、アメリカ滞在を伸ばすために同じ美容学校のエステティシャンのコースを取ることにした。イサは、わたしのアメリカ滞在の延期を聞くとすごく喜んで、このままルームメイトとして彼の家に居ることを勧めてくれた。そして、彼の送迎や観光の仕事で日本人観光客が入った時に、わたしに手伝って欲しいといっていた。

イサの家から美容学校に通い始めたある日のこと、授業中にいきなりベティがわたしのことを呼び出した。何事かと不機嫌そうな先生を後にして学校の外に出ると、彼女は、「イサの家を出てブラ男の家に移って欲しい」と言い出した。わたしは、付き合い始めて間もない彼の家に移る気はないというと、今まで見たこともないような険しい表情で「わたしのBFの家を出て行け!」を連発し始めた。わたしは、「授業があるから」と強引に教室に引き返した。

すると、今度は、ブラ男に「わたしとイサが怪しい」と、何の根拠もない悪言をふれ込んだ。ブラ男も自分の家に移って欲しいと言って来たが、もしも彼と別れるようなことになったら、それこそ行くところがなくなると結論を出して、そのままイサの家にお世話になっていた。今思うと、少しムキになっていたような気もする。。。

ある日のこと、以前のカレッジの語学コースで知り合いになった友人が遊びに来てイサの家に滞在することになった。 彼女が来て数日経った夜、ブラ男と3人でナイトクラブに行って遅くなったのでブラ男の家に泊まることになった。心配しないようにイサに電話をすると、疲れた感じで電話に出たイサは

「もう、ここに帰ってきてはいけない。」「君に危険が及ぶかもしれない。」

といった。よくよく話を聞くと、ベティがやってきてわめき散らして暴れるから、警察を呼んで連れて帰ってもらったらしかった。アメリカでは、こういうことは珍しくないのだが、彼女のストーカーぶりが最近異常になってきていて、その矛先がわたしに向かうことをイサは懸念していたのだった。

次の日の朝、イサの家に荷物を取りに行くと、家の中はめちゃくちゃに乱れており、電話は壊れていた。ベティが連続してかけてくるので、とうとうイサは頭に来て壁に投げつけて壊したらしかった。

わたしと友人は急いで荷物をまとめて、脱力感のイサに今までのお礼を述べて彼の家を後にした。

わたしは、それから彼らには会っていないが、同じ職場のブラ男によると、それから数ヵ月後にイサがベティを迎えに来ているのを見掛けたらしかったから、彼らはまた寄りを戻したようだった。確かに、あれほどまでにストーカーな彼女を気の優しいイサが振り払うことができるとは思えない。だからといって、ベティがイサ一筋だったかというとそんなことはなく、悪びれもなくわたしに「浮気相手」を紹介したものだった。そして、その相手達は揃いも揃って最悪の男達だった。まぁ、そんなベティに関わってしまったイサの不運としかいいようがない。

けれど、わたしとブラ男にとっては、彼女は「キューピッド」だった訳で、たまにわたし達は彼女のことを思い出しては感謝している(笑)

by あっこちゃん 2007年10月

 

 

 

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