男と女の断章 Seven True Stories   第四話  飛行機の女(ひと)

17年ほど前の話。

仕事でデトロイトから帰るとき、飛行機のチェックインを待っていると。。。。。。

何だか賑やかなお客さんが列に並んだ。別にグループというわけでもないし、大声を出しているわけでもない。髪の長い日本人の女の人で年齢は、20代後半といった感じ。その彼女が、航空会社の職員の男の人に荷物を担がせて、チェックインの列に並び、二人で談笑していたのだった。

私は、「ボーイフレンドが送ってきているんだな。」と思い、順番を待っていた。

手続きを済ませ、列から離れるときに彼女と眼が合った。ニコッと人懐こそうに笑いかけ、彼女もチェックインのために手続きにカウンターに向かっていった。

正直、この時はそれ以上の印象はなく、ただ、「あれだけ流暢にしゃべれれば、楽しいだろうなぁ。」くらいしか感じなかったのだった。


写真は、現在のデトロイトメトロ空港の様子 空港内をトラムが走っているなんて! 

さて、搭乗時間まで大きな機内持ち込みバッグを抱えて、ウロウロするのも疲れるので、搭乗ゲート近くの椅子でうたた寝をしていた。何を隠そう、私の特技はどこでも寝られるということなのである。そして、眼を覚ますと、私の周りにも搭乗を待つためにかなりの人たちが座り始めていた。「さっきの彼女はまだ来ていないな。」と思いながら、飛行機に乗り込む。最後尾に近い席ではあったが、飛行機は空いていて、4席を1人で占領できるという好条件、ラッキー!!

そして、離陸3分前くらいに、例の彼女が賑やかにさっきの職員と乗り込んで来た。席は通路を隔てて、私と隣り合っている。ボーイフレンドと思った職員の男の人は、彼女の荷物を頭上のコンパートメントに入れて、「じゃあ、ここでいい?」と言って、戻って行った。「知り合いではないんだな。」と先ほどの印象を心の中で訂正していると、彼女が話しかけてきた。

「日本の方ですよね。」――普通の日本人はなかなか日本人に声をかけて来ないものである。

「はい。あなたも?」

「ええ、アメリカには観光で?」

「アンティークの卸をしているので、買出し。ロイヤルオークという町に知り合いがいるので、、、、」

「そうなの。あそこは、典型的なホワイトのブルーワーカーの町ね。私はトロイに住んでいるんだけど。」――トロイと言うのは、私の訪ねていくロイヤルオークの隣町だが、かなり高級住宅街で、日本人の駐在員も住んでいる。ここで、彼女もお父さんの駐在でこっちに来ていて、大学にでも通っているのかな?と思っていると、

「私、ユダヤ人のダーリンと結婚しているんだけど、いろいろあって、ちょっと里帰りっていうか、しばらく別居することになったので、日本に帰るの。」 

会ってまだ5分くらいなのに、外国で同国人に会うとかなり深刻な話もすぐにできてしまうというのが、面白い。聞いている私もあまり違和感なく、

「そうなの? 何年くらい結婚していたの?」と聞いたりしている。 

このとき離陸のためのアナウンスがあり、会話はしばし中断。

平行飛行に入るとスチュワーデスが、飲み物をききに来る。

彼女は流暢な英語でブラディマリーを頼み、二言三言スチュワーデスに何か言った。私はカンパリソーダを頼んだ。2人分のカクテルを持ってきてくれたスチュワーデスは、「ウォッカはたっぷり入れといたわよ〜 カンパリもね。あなたたちには、このくらい必要でしょ?」とニコニコ笑っていた。

普通の場合、日本人に対してこういう応対はあり得ない。日本人も単に返事をして品物を頼むだけだし、スチュワーデスも頼まれたものを持ってくるだけで、「どうぞ」の一言もないことが多い。とにかく彼女は雰囲気の華やかな人をひきつける雰囲気のある人だった。 

ここで、ちょっと彼女の説明。身長160cmくらいで、ストレートの黒髪を長く伸ばし、服装はひざの辺りが切れたジーンズにシャツ、そして皮のショートコートにブーツというスポーティなファッション。一目見て、明るいタイプ。日本なら 、さしずめサーフィンも楽しむっていう感じ。 

また、ひとしきり身の上話に花が咲いた。彼女のペースにつられてか、お酒のせいか、いつになく私も饒舌になって色々なことを話したような気がする。彼女に合わせて少し元気良く、背伸びした会話をしたようだ。1時間か2時間くらいの時間だったと思う。こちらまで元気になるような気がした。

話によると、彼女のご主人はユダヤ系というだけあって、お金持ちらしい。が、彼女もただ家でぶらぶらしているのはつまらないので、アメリカ人に日本語を教えていて、結構、人生相談のような話を持ちかけられることが、多かったという。

アメリカ人の男性もかなり根暗な人もいるらしく、彼女とうまくいかないとか、彼女が出来ないとかの悩みを授業中に会話のレッスンということで、相談してくる人が多いらしい。

そんな時、彼女は「”もっと素直に自分を出せばいいのよ” ”格好よく見せようとしかしないで” とアドバイスするんだけど、できないらしいのよね。私と話すときは、結構話すんだけど。」

「大体、私に相談する前に彼女に話さないっていうのが、おかしい。」
「でも、そういう人って、あまりはっきり言われるとビックリしちゃうから、こっちも気を遣って、”今私に話している通りに話せばいいのよ” とか言っているんだけどね。」などなど。

かなりのアメ男から相談されているらしい。そして話の様子から、生徒のほとんどが男の人らしい。

このとき、私は、「相談して話をきいてもらうという形のナンパだな。」と思った。

最初に見かけてから、1時間足らずの間だが、何人ものアメリカ人が彼女と楽しそうに話している。特に男の人は、とても親切に彼女に接している。 

ご主人とどういう理由でうまくいかないのかは、詳しいことは忘れたが、とにかくしばらく別居すると言う話になり、安いチケットを買って、空席待ちをしていたので、昨日も空港に来たこと。乗れなかったので、今日又トライしたら、こんなに空いている便に乗れたこと、などを話していた。「ダーリンが、”日本に帰ったらボーイフレンドを作るのか?”って聞くのよ。わからない。って答えたんだけどね。」と微笑ながら言った。

その時、荷物を持ってきてくれたパーサーの男の人が戻ってきて、「どう、楽しくやってる? 隣も日本人? (私の方を向いて)よろしく。 (彼女の方に向き直って)良かったね。退屈しないじゃない。 昨日と違って空いているし、かえって良かったよね。 ところで、成田に着いたらどうするの?」と聞いている。

彼女は、「とりあえず、実家が千葉だから、そこで落ち着いてしばらくのんびりするわ。クルーの人たちは、着いたらどうするの?」

「スチュワーデスの彼女たちは、明日の便でとんぼ返りだからね。成田の近くのホテルで休んでおしまい。僕は3日ほど休みをもらっているから、東京に泊まるんだ。ところで、着いたばかりだと忙しいのかな?良かったら電話させてもらいたいんだけど。」

と、名刺をだして彼女に渡す。(私にもくれたのだが、こちらはほんのついでという感じ。)

彼女からしっかり連絡先の電話番号を聞きだして、「じゃあ、仕事があるから、これで。」と、戻って行った。 

ご主人が心配するのも分かる気がした。 

彼女は、「昨日、空港に来たけど乗れなかったって言ったでしょ。その時大荷物抱えて苦労していたら、今の彼が手伝ってくれてね。明日もう一度トライするなら、声をかけて、って言ってくれたのよ。だから、今日は楽だったわ。」と言った。軽いジョークと彼女の明るさ、そして日本人女性のもつちょっとした気遣い。これが外国の男性をして、お付き合いしたい女性の国籍で常に上位にランクされる日本人女性の姿か!と正直思った。

彼女自身は、決して古風なタイプではない。でも、話している言葉の端々に、人に対する気遣いが伺われる。そして、相手の気持ちが分かっているのかいないのか、持ちかけられた相談に親身に応対しているようだ。加えて、相手をからかうような、甘えるような流暢な英語での会話力。同性からみても、魅力的である。いや、日本だったら、同性から好かれるタイプといった方がいいかもしれない。自分のやりたいことをドンドンと積極的に推し進め、男性に媚びないながらも力仕事などはうまく男性に振り分け、持ち前の明るさのために嫌な感じを周りに与えない。女の子同士でも、面倒見のいいタイプだから、友達も多いだろう。こんな彼女でもご主人とうまくいかないのかと、思って驚いた。

やはり、カルチャーギャップだろうか?ご主人とは少し、歳が離れていると言っていたが、そのせいでご主人が保守的なのかもしれない。彼女の自由気ままな行動をご主人が、やきもちを妬いて、いろいろと邪魔をするのかもしれない。結婚して8年くらいと聞いたと思うが、日本で暮らしていたら、昔の友達と電話でおしゃべりしたり、ランチを一緒にしたりして、あまり深刻な問題にならずに済んでいるのかもしれない。結婚後も仕事を続けていて、当時流行っていたDINKSな暮らしを楽しんでいたかもしれない。

外国に暮らすということは、仕事をしたくてもそう簡単に日本人女性が働ける場所は少ないだろうし、気軽におしゃべりを楽しむ友達が出来るとは限らない。例え、彼女のように会話に不自由しない人でも、何となく人種の壁というものがあるものである。特に同世代の白人(女性からは特に)からは、冷淡な対応をされることが多い。彼女の住む町には、日本人駐在員がいるとはいえ、彼女のご主人は日本人社会とは関係ない人だから、知り合うきっかけがないので奥さんたちとの社交にも加われない。結構、孤独な日々を送っていたのかもしれない。そして、日本語を教えるという仕事についた。そこで、日本語を話し、日本の生活や習慣、文化を説明しているうちに、日本への郷愁が強くなって行ったのかもしれない。

そんな悩みを表に出さず、日本語を教え、生徒からも頼りにされ、キラキラと輝いていた彼女。そして、彼女は、あのパーサーと日本で会ったのだろうか? 

たった1回だけのしかも飛行機の中だけの時間だったが、今でもたまに彼女のことを思い出すことがある。どこかで又会えそうな気がして。

by チロブラジル 2007年9月

 

 

 

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