男と女の断章 Seven True Stories   第三話  フェロモン

アメリカに留学すると、たいていの人は、日本人社会にどっぷり浸かった生活に陥ってしまい、気づくとアメリカにいる必要がないような生活をしてしまう。わたしの場合、たまたま選んだ学校に日本人人口が少なかったため、唯一の日本人の友達は、同じビューティースクールのユウコちゃんだけだった。

彼女がマニキュアコースに入学してきた初日、同じ人種が新入りの面倒を見るというこの学校のしきたりに従って、いろいろと話し掛けるわたしをユウコちゃんは軽く受け流す感じで、密かに「性格ワル〜〜〜」と思ったものだ。ところが、数日が過ぎると、人が変わったように人懐っこくわたしに接するようになって「???」と狐につままれた感じがした。

仲良くなってよくよくユウコちゃんの話を聞くと、彼女は、アメリカに来て2年になるが、O型のおおらかな性格から、語学学校やバイト先で知り合った日本人みんなに友好的に接してひどい目にあったことが何度もあったらしい。それは、金銭的なことだったり、インネンをつけられたりといろいろだったらしいが、彼女によると、アメリカには目標もなくしがみついてる日本人女が山のように存在してて、おおかたの連中がとんでもない恥のかき捨てをするということだった。だから、わたしに対しても悪い人間じゃないかどうか分かるまでワザと冷たく接したらしい。

彼女の経験談をとうとうと聞くにつけ、「アメリカ初心者」のわたしには、信じられない世界で、これは、今後注意しないといけないとしみじみと思わせた。

当時のマニキュアコースは、生徒がたったの4人で、何か練習する時はお互いやりあったり、他のコースの生徒にやらせてもらったりしていたのだが、生徒同士だとなかなか時間が取れずに、わたし達は常に付け爪の練習をさせてくれる人を探していた。そんなある日、ユウコちゃんが彼女の友達がやりたいと言ってるから、片手ずつ練習させてもらおうと誘ってくれた。場所は、ユウコちゃんのアパートに決まった。

日曜日の昼下がり、ダウンタウンのユウコちゃんのアパートを訪問すると、彼女の友人は既に到着していた。友人の名前は、レイコちゃんといった。

わたしは、レイコちゃんに会った瞬間、彼女の醸し出すオーラに一瞬おののいた。ウェーブのかかったロングヘアに日本人っぽくないパンチの効いたメイク。胸周りの大きく開いた胸元から大きな胸の割れ目が露になっていた。全体の印象は大柄で、存在感が異常に感じられた。ぱっと見、日本人とは思えない容姿だ。つまり、フェロモンが満載していた。いきなり彼女に知り合っていたら、あまりの違和感に仲良くはなってなかったかもしれないが、ユウコちゃんが厳選した友人だから、性格がいいに違いないと確信して爪をやらせてもらいながら自己紹介もかねていろいろと話をした。

彼女は開口一番

「わたしさぁ、最近、ホームレスに負けないようになってきたんだよね」

といいだして、わたしが「???」という顔をしていると、

「わたしって、外見がこんなでしょ。だから、ダウンタウンを歩いてると浮浪者に ”ヘイ 産んでくれたカァちゃんに感謝しろよ” とかいやらしいことよく言われるのよね。強くならないとやっていけないわ〜」

とのたまわった。彼女はアメリカに5年くらい住んでいるらしく、話題豊富で、辛口だが笑いのセンスがよく、関西出身のユウコちゃんと友達な訳がよく分かった。そして、わたしの数少ないアメリカでの日本人の友人の一人に加わった。

わたしは、彼女ほどアメリカに来て女性として開花した人はいないのではないかと思う。というのも、もしも、彼女が日本に住んでいても、彼女の分類は「太った人」となって、「痩せていれば痩せているほど美しい」と勘違いしている日本人には受け入れられないと思われる。わたしの知る限り、胸の大きい日本人の友人達は、みんなそれを隠そうとしてモサイ格好に陥っていた。レイコちゃんも、高校生の頃は、大きな胸が恥ずかしくって毎日さらしを巻いて学校に行っていたという。

彼女はアメリカのカレッジに通って、アメリカ人の女の子達が自分の体系に関係なく自由に好きな洋服を着ているのを見て、目の前が明るくなったという。それまで、体系を隠すことばっかり考えて洋服を選んでいた彼女は、今まで恥ずかしくて着れなかったファッションを楽しめるようになったと嬉しそうに話した。確かに、日本人を前提に彼女の体系を見ると、ちょっとびっくりするが、これがアメリカの人種のるつぼを前提にすると「普通」を通り越して、かな〜りいい線をいっているといえた。

彼女は、日本では英会話学校の講師をしていたということもあって、英語の発音がかなりよく、アメリカ人でさえ、彼女をネイティブだと思うほどだった。そんな彼女だから、カレッジの日本人は、彼女のことをアメリカ人だと思っている人も多いらしく、ある日、ミニスカートで学校に行った時に、すれ違った日本人男子学生の二人連れが彼女には分からないと思って、日本語で

「あの体系でよくミニスカートはけるよなぁ」

といわれたことがあると、少ししょんぼりして話した。わたしは、アメリカに来てまで、日本の変な常識を持ち続けるその日本人学生に妙に腹が立った。こんなだから、日本の男達は、海外でも日本人とばっかりつるんで、外人女の一人も落とせないのだと憤然とした。

彼女は、ラテン系の女性のような雰囲気があって、一緒に町を歩くと、100mも向こうからラテン系の男達が食い入るように彼女に視線を浴びせるのが一緒にいておかしかった。一度なんか、チャイナタウンでたまたま遭遇した ”ニコラス・ケイジ” の視線まで釘付けにしたくらいだから、彼女のフェロモンといったら普通ではないと分かると思う。わたしやユウコちゃんは、【分類】が全く違うという感じがして、嫉妬心が微塵もおこらないのも不思議だった(笑)

レイコちゃんは、カレッジを卒業してもアメリカで生活を続けたいと思っていた。当然だろう。彼女が日本で幸せになれるとは思えない。しかし、容姿はともあれ、生粋の日本人の彼女だから、アメリカに生活し続けるためにはヴィザが必要だ。そうなると、彼女の選択肢は二つしかなかった。ひとつは、カレッジ卒業後にどこかの企業に入社して就労ヴィザを取ってもらう。もしくは、アメリカ人と結婚して配偶者のヴィザを得る。

当初、彼女は、就労ヴィザをとってくれる会社がないかと就職活動に奔走していた。なんのツテもない彼女だから、飛び込みでレジュメを提出して会社からの電話を待つことを繰り返していた。ところが、時悪く、ちょうど大規模テロの後だったから、アメリカ経済は冷え切っていて、面接にこぎつくのも大変だった。英語が流暢で社交性のある彼女だから、最終面接まで必ずいくのだけれど、彼女にヴィザがないことが分かると、話はそこで終わった。わたしは、彼女くらい才能豊かで英語力も確かな人材だから、いくらでも仕事はあるのではないかと買いかぶっていたのだが、実際のアメリカはそんなに生易しくなかった。まっとうな仕事に就くためには、「ヴィザ」は、絶対条件だったのだ。

「就労ヴィザ」取得に絶望的になった彼女に残された選択肢は【結婚】しかなかった。わたしは、彼女だったら、簡単に結婚相手を見つけることができると確信していた。しかし、現実は厳しかった。あまりにフェロモンに満ちている彼女だから、彼ができても、彼女の容姿から勝手に「プレイガール」に違いないと勘違いされて、いざ、彼女が普通に家庭的だと分かると破局に陥ってしまった。

わたしは、「だったら悪女のふりをして、取りあえず結婚したら?ヴィザさえ取れればこっちのもんだし」とけしかけたりしてみたが、根が真面目な彼女は、「それはできない」と困惑していた。まぁ、彼女がそんなことができる女性だったら、きっと友人にはなっていないのだが。。。

卒業の時期がせまり、彼女の中に「日本に帰る」というもう一つの選択肢がなんとなく浮上してきた頃、友人の紹介でたまたま知り合った男性と付き合うことになった。そして思いがけず彼女は、あれよあれよという間にその男性と結婚することとなった。わたしからすると、相手の男性は、彼女にはちょっと見劣りする感じの普通の男性だったけれど、彼といるレイコちゃんはとっても幸せそうに見えた。

これで、安心だと思っていたが、世の中そんなに甘くない。いざ、レイコちゃんが配偶者ヴィザの申請をすると、なんと、彼が税金を滞納していることが判明して、税金を払わない限りヴィザの申請ができないことがわかった。結局、レイコちゃんのなけなしの貯金を取り崩して税金を全て払い、なんとか申請にこぎつけた。ヴィザさえ取れれば、ガンガン働けると期待して、ここはしょうがないと折れたのだ。

これで、全てはうまくいくと思ったのも束の間、今度はレイコちゃんが「おめでた」だということが判明した。せっかく授かった命だからと、働くのは先延ばしにして彼女は産むことに決めた。子供が生まれた頃には、やっとヴィザが取れたのだけれど、当面は子育てに追われてとても仕事になど出れない生活が続いていた。生活は、旦那の給料に頼っていたのだが、旦那が運悪く仕事をなくし、生活は困窮。そして、貧困生活が数年続いた後、とうとう離婚することになってしまった。

モチロン、子供はレイコちゃんが引き取る。母になったレイコちゃん。今では子供も乳離れして仕事を探すのに何の障害もなくなり、簡単に高級ホテルのコンシェルジェの職を得た。久々に出席した友人宅でのパーティでも、男性の視線を釘付けにして、後日、「彼女が完全に離婚したら教えてくれ」という男性がいたと友人に聞かされたと女性としての自信も取り戻していた。わたしは、彼女が羽ばたくのはきっとこれからだと確信している。

わたしは、彼女がなかなか彼女にふさわしいステージを手に入れられないのを他人事ながら悔しく思いつつ、不思議にさえ感じた。そして、世の中がそんなに甘くないということをしみじみと学習したように思う。

by あっこちゃん 2007年9月

 

 

 

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