男と女の断章 Seven True Stories   第六話 ニューヨークの高校で

この間東京から大学生の甥がブラジルに遊びに来ました。彼は父親の転勤で、小学校から高校までの殆どをニューヨークで過ごしました。私もその頃はすでにブラジルに住んでいましたから、近い親戚なのに甥である彼と接することはほとんどありませんでした。たまに日本からブラジルに戻る途中、NYの兄の家によったときに少し話をする程度で、でもその時甥はまだ幼かったので、まとまった会話をしたことはなかったと思います。彼の兄と姉がそれぞれ学生時代にブラジルの私のところに遊びに来ていましたから、いずれ彼もブラジルに来るのだろうなと思っていました。

三週間の滞在中にゴイアニアはもちろんですが、リオデジャネイロ、サンパウロ、アマゾン、ブラジリアなど、いろいろなところに行きました。二人だけで過ごす時間も多かったので、自然とお互いにいろいろな話をしました。私は自分の過去の人生のいろいろなエピソード、若い彼は自分の将来についての話が多かったように思います。

傍からみていると経済的にも恵まれ、友人も多い彼の人生は順風満帆で、いつもいろいろなトラブルに巻き込まれている私の目から見ると、まるで別世界のように見えます。でも話を聞いているうちに、彼にもいろいろな悩みや苦しかった時期があったらしいことがわかりました。たとえば、彼が一番苦しかったのは、NYでのハイスクール生活だったそうです。両親の方針で日本人学校ではなく、住まいの近くにある現地校に進みました。その高校は、住民のほとんどが白人の住んでいる地区だったので、生徒も白人がほとんど、少し東洋系がいるくらいの学校だったそうです。

彼の話によると、小学校の頃は、まだ子供同士なので人種意識が希薄らしく、白人も東洋人もなく学校でも家でも遊んだそうです。でもハイスクールくらいになると、もう大人で、同じクラスの生徒でも東洋系の彼にはなかなか友人ができなかったらしい。それは彼に限ったことでなくて ー 一般的に見られる現象とのようです。
人種意識だけでなく、語学の問題もあるそうです。私の目から見ると英語はペラペラに見える彼ですが、ネイティブとの差はいかんともしがたく、それも理由でますます友人ができなくなる悪循環です。

やがて、ただでさえ少なかった東洋系の生徒が孤独に耐えられずポツン、ポツンと退校して行って、その高校からはほとんど東洋系の生徒がいなくなったらしい。彼はそれでもその学校に残っていました。特に寂しかったのがランチとそのあとの自由時間だったそうです。なにしろ親しく話をしてくれる友人がいないので、自由時間にすることがなく、毎日学校の校庭や校舎を歩き回って時間をつぶしていたそうです。でも毎日それを繰り返していると、やがてその孤独の痛みにも慣れてきて、卒業のころは平気になってくるらしく、彼は卒業までその学校に残り、やがて東京に戻りました。

「で、ガールフレンドはいなかったの?」

と聞くと、

「あのようなハイスクールでアメリカ人のガールフレンドを作ることはとても難しい」

と答えます。

「では、何の触れあいもなかった?ー心に残る女の子はいなかったのー」

と甥とはいえ、ちょっと不躾に聞いてみました。

すると彼は

「一人いました」

と言うのです。

卒業も近づいたころ、そのエリアのハイスクールの生徒でミュージカルの上演する企画があったそうです。いかにもアメリカらしい、NYらしい企画です。見かけによらずなかなか積極的なところがある彼は、そのオーディションに挑戦しました。何度かの面接をうけ、意外にも絞られたメンバー中に残っていって最後は突然歌を歌わされたそうです。彼は咄嗟のことであせったそうですが ー 日本語で蛙の歌、あの 「カエルノウタガ♪ キコエテクルヨ♪」 を歌ったそうです。なぜかそれがとてもいいと評価され最終メンバーに残りました。

そして、最終メンバーの中にそのハイスクールの男子の憧れ的であったマドンナのような美しい女の子も交じっていました。いままで、彼女とは学校で口をきいたこともないー高値の花ーだったわけですが、何しろミュージカルですから練習があります。同じハイスクールということもあって、少しづつ話をするようになっていったそうです。英語の発音を直してもらったり、着付けをお互いに手伝ったり、とりとめのない話をしたり。そして、上演の日が近づいてきます。終わると卒業が待っています。自然と彼女と「このミュージカルが終わるとお別れだね、寂しくなるね」というようなことを話す間柄にになっていきました。

さて、その上演が終わり卒業も近づいてきたころ、バレンタインデーの日がきました。彼はその日が嫌いだったそうです。アメリカ人の女の子からバレンタインデーのチョコレートをもらう確率はとても低いからです。でもその日、彼に一つのチョコレートが届けられました。全男子憧れのそのマドンナの女の子からでした。まわりのアメリカ人の男子生徒に、かなりからかわれたそうです。甥は「それは義理チョコだと思うんだけどー」といいます。やがて彼はアメリカを離れ、東京に戻りました。

私は水彩画のような彼の淡い恋の話を聞いているうちに、遠い高校時代を思い出していましたー
そこは東京の山の手にある公立校でした。そこにはNYのハイスクール同様、何人かマドンナのような存在の女性がいました。夕陽の教室の端に彼女が座っていてその優しそうな雰囲気に魅かれていたのを思い出しました。

やがて飛行機の搭乗案内のコールがかかり、彼の旅の終わりの町 ゴイアニアに向かいました。飛行機の中で、そのバレンタインチョコレートはあながち義理チョコではなかったのではないか ー などと考えていました。
気がついたら甥は横で眠っていました。

by フェリックス 2007年10月

 

 

 

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