サッカー編   ブラジル代表 セレソン


ブラジルのスポーツと言えば「サッカー」と相場が決まっている。

貧しい少年が、唯一成金になり、人生の逆転を夢見られる唯一の可能性のあるスポーツでもある。かつてのアメリカが、ボクシングチャンピオンになることで人生の成功者を夢見たように。

ゆえに、貧民層から出てくる有能なサッカー選手はそのすべてがハングリー精神の塊である。自分ひとりが目立って、スカウトの目に止まれば人生を逆転できる。ブラジル人選手がヨーロッパの選手に比べ個人的テクニックに優れているのも、そのバックグランドを考えるとうなづける。彼らはとにかく凄い。「超人的わがままの個人プレーで無理矢理ゴールをもぎ取る」と言った表現が適切であるかの如しプレーでファンを魅了する。

で、有名になりヨーロッパのクラブチームに買われた時点で、彼の栄光ある「ハングリーブラジリアンサッカースピリット」は枯れてしまう。

体裁や、髪型に気を遣うようになり、肝心のハングリープレーは影をひそめ、見た目だけの小手先テクニックでスター気取りである。実際にはそれでも十分通用するスーパースーターであるのだが、だから逆に悲しい。

現在ブラジル代表で大きな顔をしている有名所が、かつて、代表候補やユース代表に選抜されたときは、ブラジル代表はその顔つきの人間離れしていることからエイリアン集団と言われた。出っ歯、殺人面、馬面、宇宙人顔がひしめき、顔の凶悪度ナンバーワンは、他国の代表の遠く及ばない所であり、またプレーは真摯的であった。

ブラジル代表はここ10年で殿様集団になり、他国代表をなめて掛かるようになってしまった。プレーは遅く、走っている選手より歩いてる選手のほうが多いくらいである。それでも、ある程度勝てることがさらに高慢を増長させる原因であり、それゆえに実力で劣るチームに足をすくわれる駄目チームに成り下がってしまった。

ヨーロッパ活躍組をすべて代表から外し、ブラジル国内のハングリーな超人的若手選手でワールドカップを圧倒的な強さで制してほしい。「またエイリアン集団を見てみたい」というのがブラジル人の願いである。

サッカーに男前はいらない。

必要なのは、ゴールを決める男だ。

by ヒカルドン 2006年6月

 

 

 

HOME